少年と少女と少女
これでラスト。
一つの戦闘で5話使わせた楢木魔夜は大概だと思う。
月夜幸はその場に倒れる。
「お兄ちゃんお兄ちゃん。この人知り合い?」
「……ああ」
月夜幸はその場から動かない。
「殺しちゃまずかった?」
「…………ああ」
月夜幸は死んだ。
「むむむ。このままじゃお兄ちゃんの好感度がダダ下がりになってしまう。むー、そうだ! 獄落常奴」
月夜幸がその場から立ち上がる。
「見て見て! 魔夜は死体も操れるんだよ。これで一緒にお飯事しようよ。もう殺し合い飽きたし」
月夜幸はゆらゆらと亡者のように歩く。
「獄落常奴」
周りに多くの亡者がいる。
全てに生気が無く死体だというのが見て取れる。
生者でも飽き足らず死者すらも冒涜するのか。
確かにあんたの言う通りだ。
改めて理解するよ。この小娘が生きてはいけないって。
その為には多くの犠牲も払わなくてはいけないことも仕方のない事なんだろうな。
でもさ、なんであんたが死ぬんだ。
死ななくてもいいじゃないか。
分かってたんだろ?
自分が死ぬこと。
その結果、俺がどうなるかってこと。
自分でも分かる。
白狂しかけてる。
忘れてた記憶も少しずつ思い出していく。
1か月前何があったのかを。
あの時決心したじゃないか。
邪魔な奴はみんな殺そうって。
先に消さないと割を食うのは自分達だって。
1か月前も10年前もそうだったろ。
あんな奴らの為にもう誰も傷つけさせないって決めたんだ。
まず赤が消えた。
炎の赤、血の赤。
早苗の色。
見えなくなった。
「失せろ」
死体を殴り飛ばす。
「あ、ママが死んだ!」
別の死体を蹴り飛ばす。
「今度はパパが! この人でなし!!」
うるさい。
黙れ。
そんな俺を見て急に楢木魔夜が怯え始めた。
それこそかつて自分を襲った男と照らし合わせているみたいに。
「……! ひぃ!! 獄落常奴!!!!」
白い手が俺を掴む。
「邪魔」
引き千切った。
なんだ。
簡単な事だったんだな。
つまらん。
次に無くなったのは青。
空の色、海の色。
真百合の色。
消えてなくなった。
「獄落常奴!!!!」
鬼たちが俺に向かうが
「邪魔だって言ってるだろうがっ!」
全ては蟷螂の斧。
人に、俺に効くわけがない。
一蹴するだけで消えてなくなる。
「獄落常奴!」
「獄落常奴」
楢木魔夜が使うのと同時に同じギフトを使う。
同じ業火。
だが火力が違った。
彼女の業火を俺の業火が呑み込んだ。
そしてそのまま楢木魔夜を焼く。
「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
悪いが地獄は既に死んでいる魂が集まる場所。
死ぬなんて効果は存在しない。
だが、だからこそ生きている人間では味わえない苦痛が襲うわけだが。
「あっはっははっはははははははははははははは!!!!!!!!!!!!」
気持ちいい。
やっぱ悪い奴を消すのは最高の気分だ。
苦痛で悶えるそれを足で踏みつける。
「獄落常奴! 獄落常奴!!」
「もう効かねえよ。そんなの」
そのまま踏み潰した。
「ああ! あ あ ああああああ ああぁぁ あああああ」
肋骨ごと肝臓がつぶれ、体液が地面を染める。
でも今の俺にその色は判定できない。
赤なのか、茶なのか。
どうでもいいか。
「た、助けて!! うわぁああああああ」
最後に残った色は緑。
葉っぱの色。植物の色。
月夜さんの色。
それが次第に消えていく。
そうして全てが白に――――
「そうはさせません!!」
腹に刀剣がつきささる。
ここで俺を刺せる人間は一人しかいない。
「月夜さん!?」
「はい。わたしです」
え? 生きてる!?
「生きてますよ。操られているわけではありません。自分の意思でこうやって立ってます」
色をほんの少しだけ取り戻した。
「な、なんで!?」
生きていることはとてもうれしい。
だが理由が分からない。
「簡単です。最弱とはいえわたしの多幸福感は『物語』なんです。嘉神さんがやろうとした通り、先程やったとおり『世界』を無視した。それだけです」
言われてみれば確かにその通りだ。
『物語』持ちが『世界』に負ける通りはない。
「だが――――」
「だがどうやってって聞きたそうですね。ご存じのとおりわたしには才能がありません。スペック最弱ですし才能もありません。何の補正抜きで戦えば子犬相手に負けてしまうと自負しています」
そうそれだ。
唯一の弱点だと言ってもいい彼女自身の弱さ。
失礼な言い方だが、俺が出来ないことを彼女が出来るとは到底思えない。
「この数か月、ずっと反辿世界で練習していました」
「どうやって認識した」
俺は反辿世界を使い、『世界』を止めたり遡ったりした。
もしそれを認識できるのなら練習するタイミングは合ったのだろう。
だがどうやって最初に認識できた?
俺が50回もループして手がかりも掴めなかったのに、彼女が出来るのは疑問が生じるのは当然の摂理だ。
「あなたが『世界』を無視できないのは、反辿世界の能力を理解しきっていること。そしてその持ち主が真百合さんであること。これが大きい」
確かにその通り。
俺が彼女を下で見ることは無い。
「だからわたしはその逆をしていたわけです。真百合さんを見下せる精神に自分自身を改造した」
「………!!」
なるほど。
そう言われてみれば、そう言えばそんなことあったなと思う。
「それは納得せざるを得ないな。だがさっきまで倒れていたのは?」
「それは死んだふりです」
「……操られたのは?」
「それもふりです」
「…………」
「何のために……は。聞かなくても分かるでしょ?」
「…………何割だ?」
「7割5分」
そっと手鏡を手渡される。
俺の髪の毛はほとんど白くなっていた。
3/4が白。残りが黒。
「あなたは誰かが傷つかないと白狂しない薄情者ですからね」
「かもな。でもいいのか?」
「何がです?」
「別に強くなることに問題があるわけじゃない。ただな」
あの女神のやろうとしていることと同じことをやっていることに不安がある。
「えっと……『ここまでなら大丈夫。ただしこれ以上白くなるのは避けるべき』だそうです」
俺が質問をする前に答えを言ってくれる。
「そうなのか。じゃあ信じるよ」
「はい。取りあえず今日あなたが学ぶべきことは2つ
仲間の命を犠牲にしてからでは遅いという事
もう一つは究極を超えるのは死んだふりだってことです」
なんじゃそりゃ。
ムカついたので無言で拳骨を下ろす。
「いたいです。こういう理不尽ないじめを受けるのは早苗さんの役目です」
「知るか! お前俺がどれだけ心配したか!! 分かってるのか!!!」
「知りませんよ。他人なんですし」
再び拳骨。
「だから、何度も何度も殴られるのはわたしじゃなくて真百合さんの仕事です。やめてください役不足です」
何言ってるのか分からない。
ただ何というか月夜さんだなと思った。
「………よかった」
生きていてよかった。
心からそう思う。
「……よかった。ありがとう」
月夜さんに抱きつく。
「ちょっ!! やめ!!」
「よかった。よかった。生きててよかった……! うぁわあああああああ」
遅れて涙があふれ出す。
しばらくは止まりそうにない。
「あわわわ。えっと……よしよし。わたしは死にません。もし死ぬときはもっと格好良く死んであげますから安心してください」
「死ぬな馬鹿」
「…………善処しますよ。ただ……あなたはまだ人間だったんですね」
俺が落ち着くまで月夜さんは背中をさすり続けてくれた。
大方落ち着いてとあることを思い出した。
正確にいえば下から聞こえる微かな唸り声を耳にしたことで今の状況を思い出したと言えば正しいか。
「あ、そう言えば楢木魔夜踏み続けたままだった」
「忘れてたんですか」
「それどころじゃなかったからな」
「それで、どうするんですか?」
凄まじいことに彼女は生きている。
風前の灯火なのだが、肋骨を折られ肝臓を土足で踏みにじったのに生きているとは意外にすごい生命力なのかもしれない。
「あなたの手で殺さないとまたきれいさっぱり復活しますよ」
「分かってる」
しゃがみ倒れている彼女の頭を掴む。
「鬼神化」
片腕を鬼神に変化させ、『世界』を愚弄する。
「お休み、不幸な少女。このまま永遠に眠り続けてくれ」
リンゴのように楢木魔夜の頭部がつぶれ
血はヒガンバナの様に彼女の周りに咲き誇る。
黄泉がえらないか数秒確認したがその気配はない。
今宵、完全に楢木魔夜は死んだ。
「では嘉神さん。帰りますか」
「ああ」
回廊洞穴
昔はフラフープ程度の大きさしか作れなかった次元の穴だが、今なら大人が普通に通れる大きさの穴を難なく作れる。
「成長しましたね」
「ほんとだよ」
恐らく今の俺ならキスした相手の能力をその場で上回ることが出来るだろう。
「これでもまだ完全じゃないんだよな」
「そう考えると恐ろしいですね。本気出したら女神でも勝てるんじゃないですか」
「だろうね。ただその完全体相手を完封した存在がいるなんて言われたらどう思う?」
「何それ怖いです」
記憶の封印が解かれいくつか思い出した。
神薙信一。
完全状態の俺を完封した化け物。
「もしもそいつと戦うことになったらどうする?」
「どうもしませんよ。戦うまで好きなように生きて敗北します」
何という意見。
そしてそれに同意してしまう俺がいる。
「あなたは味方にすると頼もしすぎて敵にすると絶望的ですが」
「あれは味方にすると厄介だが、敵にした時点で敗北だからな」
神薙信一被害者の会の総意であろう。
「そろそろ帰らないと自爆でもされそうですから帰りますね。お先に」
そう言って穴をくぐる。
周りに誰もいないかを確認し後に続く。
潮の香りが消え懐かしい臭いが鼻をくすぐる。
俺の住んでいる2階建てのアパートが目の前にあった。
「嘉神さん」
「ん?」
「お帰りなさい」
「…………!!」
お帰りなさい……か。
そうだな。
神陵祭町! 帰ってきたぞ!!
だから俺はこう言おう。
「ただいま」
これにて6章終了です。
まさかこんなに長くなるとは思ってもみませんでした。
大体魔夜ちゃんの所為です。
そしてこれで章としては半分が終わりました。
章としては半分という意味で、量がどうなっているかは知りません。
恐らくですが、次章はこの章よりも長い気がします。
超悦者とは何なのか、『主人公』の意味、神薙信一とギフトの正体、女神メープルの目的が分かる重要な回です。
いい加減別の作品を書きたくなったりしてますが、まだまだこっちを頑張っていきます。
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