楢木魔夜
1話だけ過去話をはさみます。
あまりにも救いはありませんので飛ばすことをお勧めします。
飛ばす方にネタバレとして
敵キャラの回想はフラグ
とだけいっておきます。
今から十五年以上前の話をする。
楢木魔夜の両親は至って普通の人間であった。
父親は不動産会社を次期幹部であり、それなりに優秀な人間だったが嘉神家や宝瀬家の人間と比較すれば普通と言わざるを得ない。
母親は回転速度をほんの少し上げるギフトを持っていたが、超者ランキングにも載っていない普通のギフトホルダーであった。
だが生まれてきた娘はまともではなかった。
診断がほぼ義務付けられているギフト検診により陽性と判断され詳しく審査を受けることになった時、二人の親は素直に喜んだ。
ギフトを持っているかどうかは親、特に父親が持っているかどうかに依存しやすい。
普通に考えれば出来ることが増えるのだ。
A3の親でなければ自分の娘が能力持ちで喜ぶのが当然。
しかし審査結果は両親が予測していたものとはかけ離れていた。
『自分が思う地獄の具現化』
この能力は誰が考えてもまともな能力ではない。
当然ながら両親もこの考えに至った。
そんな能力を持っていれば自分の娘はまともではいられなくなる。
その判断は決して間違えではない。
その気になれば、否ならなくても人の生死を操れる能力だ。
一人の人間が持って良い能力ではない。
二人の親は考えとある策をとった。
有名な催眠術師に自分の娘に催眠をかけさせた。
自分は能力者ではないと強制的に信じ込ませた。
半ば洗脳ともいえる方法だったが、これから自分の娘のことを考えると仕方ないのであろう。
使えると思わなくするだけであるため、実際は使える。
そう思わせないための催眠であるが、念には念を入れ母親は自分の頭髪を黒に染め二度とギフトを使わないようにした。
そして何より両親とも自分の一人娘として可愛がったのが大きいだろう。
その結果かどうかは分からないが、楢木魔夜の髪の色は当時まだ黒色で、自分が無能力者だと思い込み育っていった。
ここまでは平和な話。
ここからは最悪の話。
卒業式前の最後の一日。
学校がいつもより早く終わる。
いつもは近くに住んでいた友達と一緒に帰宅するのだが、この日は前日その友人が風邪をひき大事をとって休んでいたため楢木魔夜は一人で帰宅していた。
すると白と黒で塗装された車が彼女の近くで止まった。
一見するとパトカーだが、実際はただ普通の車を白と黒で塗っただけであるものだ。
しかし当時小学生の彼女は理解できない。
その後降りてきたお兄さんが警察手帳らしきものを見せる。
これもそれらしきものであり、実際のモノではない。
縦に割れるメモ帳を改造し作った製作費824円の工作物だ。
テレビを見れば警察手帳が警察の身分証明で使われるのは小学生でも知っている。
でも実際、ホンモノを見る小学生は1%もいないだろう。
警察手帳が警察のモノだと信じ、その人が警察官だと信じて疑わなかった少女はホイホイ男についていった。
そこからは『地獄』以外形容しがたい生活だった。
彼女が覚えているのは
男たちの手が自分を
嬲り 凌辱し
壊し 犯し
穢し
弄び 突っ込み
刺し
殴らし 流さし
奪っていった。
だが殺されることは無かった。
何回か殺してと頼んだが犯人グループは聞き入れなかった。
正確にいえば聞き入ることができなかったのだが。
心が死を望んでも、生きていける環境があるなら種は存在しようとする。
『地獄』で死ぬことはない。
やり捨て前提の犯人グループだったが、死なない少女の処理を考えていた。
当初は死人に口なしとしてさっさと殺しゴミ捨て場にでも捨てておくのが計画だったのに、殺しても殺しても死ななかった。
臓物を刺してもいつの間にか再生し、殴っても殴っても死ねば全てが元通りになる。
溺死させようとした時、実は犯人グループの一人が逆に殺されたことがあった。
とはいえ泣き寝入りしてそのまま生かして返すことも出来ない。
既に顔は見られているため、証言されたらまず足がつく。
彼らは余罪だけで平均3回死ねるのだ。
そんな彼らを救ったのはリーダーともいえる男だった。
彼は最近このグループに入った新入りだったが、何件か犯罪を共にして行くうちに満場一致でリーダーになった。
そもそも楢木魔夜の誘拐計画はこの男の立案である。
なぜこの少女なのかと聞かれれば、それはこの男にとってタイプだったからだ。
なぜこの時期なのかときかれれば、それは折角だから小学生を犯そうと発案したからだ。
なおそのリーダー、犯行当時は身内に呼び出され犯行に加わることが出来ず、本来は友達諸共誘拐して他の男共はそっちで楽しむ予定だったのに一人しか誘拐できなかったため、つまみ食いされたのをかなり根に持っていた。
女は処女に限るという持論を持っているため結局この男は少女には何もしなかった。
ロリコンかつレイパーかつ処女厨
人間の悪意と下種さを合わせ持った史上最低の男である。
「別に死なないならそれでいいじゃん。ポジティブにいこうぜ。日本人たるものもったいない精神でいこう。折角いくら壊しても壊れない玩具をゲットしたんだから壊れるまで遊ぶのが礼儀ってものだろ?」
体が壊れないなら心を壊してしまおうということだった。
二度と話せない様にすれば自分たちのことをばらされる心配もない。
それに自分達が楽しむことを忘れてはいけない。
いろいろと言いたい事もあるだろうが、これがこの男の思考回路だ。
まずこの少女の管理だが、飢え死にさせても復活する為、便の世話だけですむ。
ただ死なないと言っても飢えそのものはあるため、ある程度生きが無いとつまらない。
そしてまたあの男が提案したのは
『順番ずつこの娘をナイフで刺して殺してしまったらそいつがしばらく面倒を見る』
という極めて残忍な手段であり、再び満場一致で少女の管理を行った。
その努力もあってか楢木魔夜は一年と少しで自我を手放し
まよちゃんが生まれた。
まよちゃんにとって幸運だったのは、リーダーの男が捕まったため直接かかわりが持たなかったこと。
まよちゃんにとって不運だったのは、リーダーがいてもいなくてもこの男たちは下種だったこと。
殺されることは少なくなったがその分犯されることは多くなった。
作られた人格とはいえ彼女にも心はある。
ストレスのはけ口は必要だった。
魔夜がとった手段は逃避だったが、彼女がとったのは友達を作ることだった。
同じ『地獄』に住む仲間として、自分に集っていたハエや蚊とお話しした。
全ては彼女の妄想であるがいつの日か本当に話せるようになった。
そしてまよちゃんは自分がギフト持ちであると、そのギフトが動物と話せるギフトだと錯覚した。
それから1年、男たちはほとんどこの少女のことを忘れていた。
というより飽きていた。
もはやこの少女の世話をするのは惰性になっていった。
誘拐したグループもメンバーの大半は入れ替わった。
犯罪の内容も誘拐や殺人から、詐欺といった軽めの犯罪に変わっていった。
新しく入った彼らは比較的(比較対象があれすぎるのだが)温厚だった。
少しだけこの少女に同情していた。
もっとも、やることはやっているあたり結局下種であることに変わりがないわけだが。
そして更に数か月、まよちゃんに転機が訪れる。
メンバーの一人が彼女を外に連れ出し逃がした。
罪悪感に耐えられなくなったためだ。
男は夜中に連れ出し、適当な川に放置してさった。
他のメンバーの下種さが愚かさに変わっている男の行動だが、それでもこれにより楢木魔夜の1年半、まよちゃんの1年、この少女の3年に及ぶ監禁生活は終了した。
まよちゃんが目覚めると楢木魔夜が覚醒した。
証明の光ではなく太陽が、少女を照らしたためだ。
カビが生えた肌着一枚で自分の記憶を頼りに、かつての自分の家に向かう。
この少女を見かけた大人達は怪しいと思っても、声をかけたいとは思わなかった。
見るからにろくでも無いことに巻き込まれそうだったからだ。
2時間ほど歩き自分の家に辿り着く。
窓ガラスの向こうにしわが増えた母と、額が広くなった父がいた。
更にそこにもう一人見知らぬ赤ん坊がいた。
父と母はそれを自分の子供のように大切に扱っていた。
とても幸せそうだった。
ガラスの向こうには幸せな家族。ガラスに映るのは穢れた自分自身。
なんで向こうにいるのは自分じゃないのか。映っているのが自分なのか。
楢木魔夜は嫉妬した。
何で自分なのか、自分だけがこんな目に合わないといけないのか。
お前たちが笑っている間、自分がどんな目にあったのか分かっているのか。
実際の所この親たちは誘拐され3年間ずっと探し続けていた。
娯楽品は買わずずっと娘を探す費用につぎ込んでいた。
1年ほど前親族から『いい加減諦めろ。お前たちにはお前たちの人生があるんだ』と説得され新たに子供を授かった。
親族もこれ以上この二人を見ていられなかったのだろう。
傍から見ても痛々しかった。
見てるこっちも苦しかった。
故のこの提案だった。
一体誰が思うだろう。誘拐された女子児童が3年間も生存するなど。
赤子が泣き始め親があやす。
もう既に楢木魔夜の居場所はなかった。
少女に視線に気づいたのか母が面を上げる。
みすぼらしく穢れた少女を見た。
一瞬幽霊か? と疑問に思ったがそんなことはどうでもよくなった。
間違いない。あれは自分の娘だ。
父親も少し遅れて同じ反応をとる。
生きていようが死んでいようが関係ない。
両親にとっては娘が帰ってきた。この一点だけで十分だった。
それはとっても喜ばしい事。
二人とも泣きながら幸せそうに笑っていた。
急いで玄関の扉を開け、娘を向入れる。
だが楢木魔夜にはそうには見えなかった。
自分の父と母が笑いながらやってくるそれは、楽しいことを思い出せない自分への当てつけに思えてしまった。
自分達はこんなにも幸せなんだと見せつけられた。
なんて嬉しそうなんだ。
お前たちに自分が受けた苦しみを『地獄』を味あわせたい。
そうすればその気持ち悪い笑みが消えるだろう。
少女はそう願った。
「獄落常奴」
そして、少女は閻魔になった。
自分が受けた苦しみを少しでも多くの人に与えた。
無差別に裁きを与え多くの人を殺していった。
警察が出動したがどうしようもなかった。
最終的に軍が出動し、楢木魔夜を取り押さえるのに、否、疲れて眠るまでに459人の死体が転がった。
裁きが終わり目覚めたら、再び監禁されていた閻魔さまは、まよちゃんに戻った。
またあの地獄が殺され犯される日々が始まると思ったからだ。
例えどんなに強くても、彼女が受けた心の傷は彼女の致命傷になっていた。
治療は早期に諦められた。
むしろ治療しない方が安全であった。
自分の能力を動物と話せることだと誤認した状態の方が安全なのは誰の眼からでも明らかだった。
裁判が行われ満場一致で死刑になった。
弁護人すらも死刑を求刑した。
だがわざわざ言うべきことでは無いが、この閻魔は殺せない。
では放置すればいいかといえばそうはいかない。
例えるならこの娘は、ボタンを押さない限り安全な核爆弾といえるだろう。
所長はどうにかして処理したかった。
当時の所長は、これ以上厄介事はないと思っていたらしい。
実際はその数年後に放射能ダダ漏れの水爆がやってきたためそれどころではなくなったのだが。
そんな状態でわずかな希望を込めて送り込んだのが【純白の死神】
公上は帝国の帝王、王陵君子が最強である。
裏社会ではこの死神が最強であり、帝王も死神の方が戦えば勝つことを認めている。
ただし二名ともイニシャルSKが最強であると呆れながら言うのだがそれは別の話。
僥倖だと思ってしまったのは、ある意味仕方ないかもしれない。
この二つの爆弾を安全かつ確実に処分できるから。
外に出たいという意思があり同時に処分したい存在として、わざわざ規則を破り女子を悪魔のバディにした。
結局死神は悪魔と閻魔を処分しなかった。
こうして閻魔は再び空を仰ぐことになる。
それが生前に見る最期の天になるだろう。
なぜなら
今宵閻魔は、白狂した悪魔よって裁かれる。
彼女に救いはありません