プロローグー異世界に飛ばされた俺ー
木々が鬱蒼と生い茂り、不気味に揺れ動く。辺りが薄暗いせいで、その不気味さが増していた。
ここは森林伐採による自然破壊が嘆かれる昨今には、珍しい程に自然に満ち溢れていた。そんな森を俺は駆けている。
人の気配を感じない。あるのは獣道と、後ろから追いかけてくる緑色の化け物だけだ。
高校生になってから2回目の夏休みを迎えた俺は、暑さに耐えながら課題という地獄に挑んでいた。
俺は部活には所属していない、帰宅部というやつだ。部活がないからと課題を放置してたのが運の尽き。気づいたら夏休みの残りが2日しか無かった。
一瞬この事実に固まったが、なんとか再起動したのが14時間前。それから課題をやり続けている。その甲斐もあったのか、もう課題の残りが1ページまできていた。
「くはははははは!課題など、恐るに足らず……。トドメだぁぁぁぁぁ!」
……どうやら俺の頭も相当キテいたようだ。その後も意味不明な言葉を叫びながら最後のページを消化した。
「あ~……。やっと終わったよ……」
課題の終わった俺はベットに倒れこむ。かなり集中してやったから、かなり疲れた。と同時に眠気が襲ってきたので寝ることにした。
「ふぅ…もう、耐えられん。お休み」
誰に言うわけでもなく、俺は呟きながら眠りについた。
気がつくと、俺は森に居た。森、木々が所狭しと生い茂っている。そのせいで日の光が入らないのか、辺りは薄暗い。
「は?」
意味が分からなかった。俺は課題を終えて眠ったはずだった。こんな森で寝た覚えはない。大体俺の家の近くに森はないのだ。それに課題のせいでかなり疲れていた。それなのにどうして森まで来れるんだ!?
俺は内心喚き散らしながらも、外面では冷静を取り繕っていた。
「とりあえず、ここがどこか確かめないとだな」
俺はその場から移動する。
服装を確認してみると、少し変わっていた。
まず寝巻きを着ていた俺は、何かの皮で作られた防具に身を包み、何時の間にやら履いた靴下と、皮の靴を履いていた。俗にRPGでいうレザー装備みたいなものだ。そして俺の腰には地面に着いてしまうほどの長さがある鞘がぶら下がっていた。ていうか引きずられていたの方が正しい気がするが。そして近くの木には少し細身の剣が立て掛けてあった。確か…ロングソードだっけかな?そんなかんじの名前の剣だった。
俺はロングソードを拾い上げる。
「ん?このロングソード異様に長くないか?」
俺の身長くらいある剣に、俺は違和感を感じたが鞘と同じ長さなのでそんなもんか、と納得して鞘に収めた。
「さて、川でも探すかな。……あ、ここは森か。山じゃなかった……。よし湖を探そう。」
俺は湖を探して歩き始めた。
「うお!ここの木はデカイな。樹齢500年とかありそうだな。」
周りにある木々の大きさに驚きながら進んで行くと、水の音が聞こえる。川の流れなどないこの森で水の音があるということは、何かが水を使っているということだ。
俺はテンションを上げて音のする方へ向かって行った。
木々の隙間から湖が見え始めた。そして湖の水を飲む人影がみえる。俺は走って近付いた。
「すいませーん!迷子になっちゃったんですけ………ど」
俺が話しかけたのは確かに人だった。ただし人間でなく、俺よりも大きな体に緑色の肌で、醜い顔をした人型だった。返ってきた言葉も「ギャヒッ」という知性のない鳴き声で、獲物と認識したのか俺に向かって走ってきた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
俺は全速力で駆け出した。腰のロングソードが邪魔だったが、そんなことを気にせずに走り続けた。火事場の力というのか、俺はかなりのスピードで走れていた。それでも緑色の化け物は、あの巨体で俺のスピードに着いてくる。
ここで冒頭に戻る訳だが、本当に意味が分からない。何が悲しくて化け物に追いかけられなければならないのか。そんなことを考えてる間にも、化け物は俺に迫っている。
そしてついに追いつかれた。
「ギャヒヒヒヒヒ!」
嬉しそうに笑う化け物。俺は恐怖で腰を抜かしてしまった。
今思い出したが、化け物の特徴を考えるとファンタジー物で出てくる『ゴブリン』というやつでは無いだろうか。なんて、そんなこと考えても意味無いか。
ゴブリンとの間はどんどん狭まる。ゴブリンは俺が逃げるのを見て楽しんでいるようだ。腰が抜けた俺が出来ることなんて後ずさりぐらいで逃げてると言えないが、ゴブリンの喜色に満ちた顔を見ると間違いはなさそうだ。
俺の逃亡劇も木に当たることで終わりを告げて、ゴブリンも俺を殺す気のようだ。ゴブリンが手に持った剣で俺に切りかかってきた。
「あぁ…くそったれな人生だよ」
俺は目を閉じて、来るだろう攻撃の衝撃に備えた。
「ん?」
いくら待っても衝撃が来ない。まさか、誰か助けてくれたのか?とか思ったら。
「グギギ…グギギ……」
ゴブリンの剣が、俺の後ろの木に突き刺さってた。しかも深く突き刺さったようで、必死に抜こうと頑張っている。
「なんて見ている場合じゃない!」
俺は腰のロングソードを抜…こうとして、あまりの長さに鞘から抜くのに失敗した。そしてここに、木から剣が抜けないゴブリンと、その下で鞘から剣が抜けない俺という奇妙な画が出来上がった。しかし
「あ、鞘を腰から外せば良いじゃん」
と気付いて、鞘を腰から外してから剣を抜くと引っかかりがなく簡単に抜けた。ゴブリンを見ると今だに抜けてないようだ。剣じゃなくても俺を殺せるのにな。やはり知性の欠片も無いようだ。
俺は、手に持ったロングソードをゴブリンの胸に突き刺した。
ゴブリンの胸からは血が吹き出し、ゴブリンは後ろに倒れた。それでもまだ息があるのはファンタジー特有なのか、それとも俺が心臓を貫き損ねたのか。
俺はロングソードを杖のようにして立とうとしたが、長すぎて杖に出来なかったので、木にもたれ掛かりながら立ち上がる。
そして、ピクピクしているゴブリンの近くに立つ。
「悪いけど、生きるためだから」
俺はゴブリンの頭にロングソードを突き立てた。
ゴブリンはピクリとも動かなくなった。
「……予想以上に吐き気がしないな」
ファンタジー物だと、みんな吐くようだが俺は違ったようだ。
「まあ、なんか変な雰囲気になったしな」
俺はさっきの奇妙な光景を思い出す。
「はぁ、湖に戻ろう。返り血で気持ち悪い」
俺はさっきの湖に戻る事にした。流石にもうゴブリンも居ないだろう。
それにしても、この世界はどの生物もデカイのだろうか。
しばらく歩いていると、湖に着いた。
湖で体の血を綺麗に落として、湖を覗いた。
汚れが落ちたか見たつもりだったが、汚れよりも気になることがある。
「え、なんか若返ってるだけど……」
そこに写ったのは、8歳くらいの俺だった。
「ということは、周りがデカイんじゃなくて俺が縮んでたのか……」
俺はその事実にショックを受けた。
しばらく湖を覗いたまま呆然とし
「まあいいか」
とりあえず納得することにした。
それよりも、これからどうしよう。ゴブリンが居ると分かったから迂闊に眠れないし、ご飯も無い。ファンタジー物の主人公はサバイバル知識持ってたり、誰かに助けられたり、特殊能力で生き残ったりしたけど、俺にはそのどれも持ってない。一応俺は記憶力とそれを書き写すっていう特技があるけど、こんな森で使える知識なんて記憶してないし、書き写しても意味無い。そもそも書き写す物がない。
とりあえず、身体能力は上がっているようだし魚でも捕って食べようか。
こうして俺の森での生活が始まった。