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BF7.革命家達の庭

 静かに残響するのは虫たちの鳴き声。

 それは彼らにとっての競争曲(ギャロップ)か、ソルフにとっての狂想曲(カプリッチョ)か、はたまた彼女達のための協奏曲(コンチェルト)か。

 生い茂る木々を押し退けて、ソルフは慣れた足取りで密林の中を進む。小川に沿って進み、ようやく開けた場所にある小さな滝へとたどり着く。

 木々に隠されることなく輝く無数の星々と、密林に訪れた僅かな微風と平穏を感じ、ソルフは感慨深く空を見上げる。もしこの周辺が激戦区ではなければ、ウィンディを連れて天体観測に来てみたいと、こんな時にまで考えてしまうのは父親としての自分が板についてしまったからだろう。

「神様、あんたって奴は思いのほか残酷だよな……」

 愚痴を呟いてみて、フッと視線を下げたところで前言を撤回した。

 水飛沫が上がる滝の下で、小麦色の肌をした女神が踊る。透明な水のベールを靡かせ、ゆっくりと身を翻す。女神を照らすのは闇夜から降り注ぐ月明かりと、水面に反射する星の小さな明りだけ。細い肢体は年相応ではあるものの、見れば見るほど昔に惚れた彼女を彷彿させる。

 それほど、世の中も捨てたものではないのかもしれない。

 アーシェに思わず見惚れていたソルフは、うっかり梢を踏んでしまう。

 梢の折れる乾いた音にアーシェが気付いて、一斉に星と水の共演が止む。

「はッ……。だれッ!」

「ま、まてグヒッ……」

 アーシェが咄嗟に投げつけた靴が、再びソルフの鼻頭を直撃した。

「あ……ご、ごめんなさい。あいつらに、追いつかれたのかと思って。大丈夫?」

「だ、だいじょうふ……。おじさん、これぐらいじゃ、おねんねしないから」

 一度治療した場所というのは、なかなかダメージが大きい。気丈に振舞いながら、ソルフは微かに目頭に涙を溜める。

 とりあえず、無事にアーシェと合流できたことに安堵する。

 そして、ルエサーから預かってきた小瓶を手渡した。

「これはなに?」

「さぁ、中に説明書があるらしいが。一応、飲んでおけってことらしい。ほら、ライトだ」

 月明かりでは不十分なので、ハンドライトをアーシェに渡してやる。

 アーシェは小瓶の中から三つ折りにされた紙切れを取り出して、共通語で書かれた文字を追ってゆく。

「ふむふむ、服用型の避にグフッ……」

 ライトの明りが追っていた文字を読みきるより早く、アーシェが振るった靴がソルフの視界を暗転させる。

「Doesn't have delicacy man very much!(なんてデリカシーのない男なの!) Eternity virgin's man!(万年童貞男ッ!)」

「なんだろ、今日はずっとこんなキャラだよな……。それと、チェリーボーイじゃねぇから……」

 どうも女難の相が出ているらしく、ソルフは共通言語で罵られながらも反論を返す。

「それは良いとして、早い目に寝ておけよ。ここに留まるのは危険だから、早朝には南に下るぞ」

「……わかった。あなた、何も聞かないのね」

「いや、明日になったらたっぷりと事情を聞かせてもらうよ。デリカシーのない男は、プライベートまでしっかり突っ込ませてもらうからな」

 先ほどの一撃を根に持っているわけではないが、ソルフは嫌味ったらしく微笑んで手近な岩に腰を下ろす。

 さすがにアーシェに見張りを任せるのは心もとないので、今夜の見張りはソルフが担当するつもりだった。カバンから、数少なく持ちだせた武器――バレットS13スカウト・サーティーンを取り出して、弾倉(マガジン)や整備状況を確認する。

 装填数十六発。黒のプラスチックフレームに包まれた九ミリの銃口、小型ながら重厚感のある外観をしたセミオートマチック式の拳銃だ。二十ミリ程度のスライド部分にレーザーサイトを備え付け、銃口がそのまま消音機構となっているため、隠密行動用に適している。他の自動小銃(アサルトライフル)ではリュックに収まり切らないので、持ちだせたのはこれ一丁だけである。

「私も見張りぐらいはできるわよ?」

 銃の点検をしていたソルフに、アーシェが不服そうな声を上げる。

「子供は大人の言うことを聞きなさいな。しばらくのブランクはあっても、元軍人だぞ、俺は」

「でも、これから南に下るならジャングルを抜けなくちゃいけない。休みなしでこのジャングルを進むのは大変だと思う」

 それぐらいのことは分かっている。

 今の自分の鈍り具合を考えれば、南にある戦略拠点を通って一日で密林を踏破する体力があるとは思えない。それに、ブランクどころではない欠陥を抱えたソルフでは、元から今回の作戦に参加できる実力は残っていなかったのだ。

「いざって時はアーシェにも頼るよ。だから、今は俺の代わりに休んでおいてくれ」

「そう……。本当に、何かあったら起こして。大型の生物は、あまりいないはずだけど」

 アーシェの不満そうな口ぶりに、分かってると嘯くソルフ。

 そんなアーシェも、先刻の尋問もあった所為か数分ほど目を閉じている間に小さな寝息を立て始める。

 ソルフは、襲いかかる睡魔を川の冷たい水で追い払いながら、夜明けを待った。しかし、無理に眠気を堪えた所為と、ブランクも相まってかそれの接近を許してしまう。

「……やばいな」

 どこからか、までは分からないものの、こちらへ執拗な敵意を向ける気配に気づく。

 拳銃を構えて周囲を見渡すも、それに怯えた様子も見せずソレはソルフ達のことを遠巻きに観察してくる。

 人間相手ならば十分な武器だろうが、拳銃を武器と認識していない猛獣に対してはあまり役に立たない。威力にしてみても、当たり所次第で優位性(イニシアティブ)も変わってくる。

 レーザーサイトを薄暗い茂みに滑らせながら、アーシェを庇うように移動する。ゆっくりと、猛獣が襲いかかってくる隙を作らないように。

「水なら別の場所で飲んでくれよ。こちとら、お姫様を守りながら戦わなくちゃいけないんだからさ」

 獣相手に人間の言葉が通じるとは思えないが、とりあえず一時的な水場の占有権を主張する。

 しばらく睨み合っていると、こちらが害のない人間だと思ったのか、それとも根負けしたのか、南に近い茂みから何かの走り去る音が聞こえる。

 襲撃者が去ったことを確認して、ソルフは安堵の息を吐く。

「……行ったか? あまり居ない、ってことは、一種類ぐらいは居る、ってことなんだよな。ちゃんと、アーシェに話を聞いて置くんだったなぁ」

 入隊当時に偵察班の班長をしていたはずのソルフが、こうも情報収集を怠るというのは相当のブランクがあるに違いない。

 気を引き締め直すために、ソルフは拳銃のグリップを強く握り直す。

 そして、密林の夜は明けてゆく。


~~どれそれ『羊狼』ラジオコーナー~~

「さぁ、2012年がやってまいりました。皆様、あけましておめでとうございます」

『あけましておめでとうございます』

「ラジオコーナーでは伝わらないと思いますが、『羊の鎧を着た狼の戦場』のオールスターよりご挨拶です」

「さて、お節でも食うか」

「へぇ、これ全部、お父さんが作ったの?」

「ソルフさんって、お料理上手なんですね」

「不味かったら承知しませんよ」

「期待して待とうぜ、フィル嬢よ。食事っていうのは楽しむものだからさ」

「って、お前ら、ちゃんと最後までラジオ続けろよ! 他の奴らも、早々に帰るんじゃねぇ!」

~~終幕~~

 二か月以上ぶりの更新、お待たせして大変申し訳ございません。

 どうか、これからもよろしくお願い致します。

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