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BF6.この森はまだ深く

 先刻(さっき)までの慌しさが、潮が引くように消え去った後、ソルフは一人でベースキャンプを散策する。

 捕虜を逃がしたことに関してのお咎めは、何故かなかった。疑問にこそ思うが、現在の大隊指揮権はソルフにあるため、最初に捕虜――アーシェの見張りをしていた男達が説教を受けているのだろう。

 少し申し訳なくも思うが、悪いのは男達なので庇うつもりはない。

「おっと、ここが治療場か」

 散策していたソルフが、薬品のおかれている天幕を見つける。目的は、火傷用の湿布だ。ほとんど痛みは引いたとは言え、小さな怪我がこの先の戦いにどんな影響を及ぼすかを考えると、放っては置けなかった。

 天幕の広さは、仕官用のものとそれほど変わらず、机の上には包帯やら衣類といった荷物が詰まれている。どうやら、医療部隊のメンバーは片付けが苦手のようだ。

 それはそれとして、意味不明なラベルの貼られた薬品が並んだ、スチール棚を物色して湿布を探すものの何故か見当たらない。

 薬品には疎いソルフでも、流石に日常で使用している傷薬や湿布の見分けは付く。それでも、スチール棚に並んだ薬品は聞き覚えのないものばかりだ。

「暗い所為か? でも、この状況はあまり見せられないかッ――」

 ライトをつけようかと思案した時、唐突に背後から懐中電灯の明かりが当てられる。

「――誰ですかッ? 棚の薬品類は、衛生部隊の許可を得てからと言ってある……あれ? ソルフさんじゃないですか。どうしたんですか、こんなところで?」

「えッ……あぁ、ルエサー軍曹か。驚かさないでくれよ」

 誰かと思えば、ルエサーが物音に気付いてやってきただけだった。

「す、すみませんッ。ただ、ここにある薬品は、容量によっては劇薬になるものばかりですので、許可なく触らないでいただきたいんです」

「そうなのか? すまん、ちょっと火傷用の湿布を貰いたかったんだ。勝手に物色したことは謝るよ」

「いえ、こちらこそいきなり声を掛けて申し訳ありません。えっと、湿布でしたらこちらの救急箱に入っています。普段から使う医薬品は、こうして小分けしてから各部隊の方々に渡しているんですよ」

 そう言って、机の隅に隠れていた救急箱を取り出してくる。

 そのまま受け取ろうとするソルフだが、何を言うでもなくルエサーが救急箱から取り出した湿布を広げ始める。

 一人でも湿布ぐらい張れる、と主張しようとしたものの、どこか譲らない意図を秘めたルエサーの目を見て諦める。

「それにしても、災難でしたね」

「えッ?」

 突然、話を振られて困惑するソルフ。

「捕虜に逃げられてしまった、とお聞きしました。たぶん……その、もう少し私やエミーナ曹長が気をつけていれば、こんなことをさせる必要もなかったのでしょうが」

 何が言いたいのか些か疑問だが、女性の捕虜に対しての意識が甘かったことを悔やんでいるらしい。

 気を使わせては悪いと思い、誤魔化そうとする。

「俺も、小娘だと油断して縄を解いたのが悪かっ――」

 しかし、言葉途中に遮られてしまう。

「――いえ、そうではなくてですね。逃がしたのは、事故ではなく故意なんでしょ?」

「なんで、そう思うんだ?」

 不意打ち紛いに真意を問われ、ソルフは必死に戸惑いを隠そうとした。が、ルエサーはお見通しだ、と言わんばかりに言葉を続ける。

「隠さなくても良いですよ。私は、妹みたいに誰かの技術を真似ることはできません。けれど、言動の端々から他人の真意を読み取る能力、と言うのでしょうか? そうした才能があるみたいで、こうやって体に触っていたりすると良く分かってしまうんです」

 ルエサーの言葉を聞いて、ソルフは驚いたような、怪訝そうな表情を作る。

 西方の伝承に伝わる、人の心を読む猿の話を聞いたことがある。それほどでは無いにせよ、読心術を身に付けているらしい。たぶん、ルエサー達の家系は、様々な人体の変動に精通した才能を持ち合わせているのだろう。

 隠し事はできないと察して、ソルフは苦笑いを浮かべてみせる。

「参ったな。軍人を辞めたけど、軍法会議って掛けられるものなのかねぇ」

「誰にも言いませんから、安心してください。それと、もし行くというのならこれを」

「なんだ、これは?」

 ルエサーが小瓶に入った錠剤を渡してくる。

「まぁ、説明書は中に入っていますので、彼女に渡してくれたらわかります」

 なにやら説明し辛いのか、言葉を濁してしまう。

 深くは突っ込まず、ソルフは小瓶を受け取る。たぶん、彼女というのはアーシェのことを差しているのだろう。まさかアーシェの後を追いかけることさえ感づかれていては、呆れるか感心するかのどちらかだ。

 ソルフは、ルエサーから簡易の医療キットも受け取って、お礼を言ってから天幕を後にする。

「あ、もしベースキャンプを抜け出すのなら、北の方から迂回すると見張りが少ないですよ」

 天幕を去るソルフの背中に、ルエサーの声が届く。ソルフはその声に片手を上げて、簡易的な謝意と別れを示した。

 正直、できることならルエサー達と敵対はしたくなかった。その為にも、今回の奪還作戦の裏に何が隠されているのかを知らなければならない。

 ソルフは幾らかの装備をリュックサックに詰め込み、昼間に選んだS.Aを拝借してベースキャンプを抜け出す。


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