BF3.東方からの訪問者(後編)
ベースキャンプにたどり着いたソルフは、早速――といって言いのか、重い足取りで上官用の天幕へ向かう。
天幕の中に居たのは、数人の男女だった。どれも見慣れない顔で、階級章を確認するだけでも曹長が二人に軍曹が三人だ。
ソルフが入室するなり、五人の顔が一斉にこちらを向く。
「……ソルフ=セイプ中尉、ただいま到着しました!」
驚きながらも、久しく敬礼などやってみる。形が崩れていなければ良いのだが。
「グロウブ(Guloub)曹長です」
敬礼を返しながら、短く刈り上げた黒い髪に黒い瞳、焦げ茶色の肌をした西南系と思しき偉丈夫が名乗る。
「隣がエミーナ(Emiene)曹長」
「宜しく、中尉殿」
金髪のポニーテールを揺らし、黄色の顔の中で切れ長のオッドアイが笑う。
東方中部の出身か、割と好みな美女に敬礼ではなく握手を求められ、戸惑いながらもそれに応える。
見覚えはないというのに、自分との接し方を知っているような態度だ。もしかしたら、大隊の中に知り合いがいるのだろうか。
「フリケットゥ(Fulicetoo)軍曹……と言います。お見知りおきを」
北東系の白い肌をした、軍人というよりも紳士と言った風体の男が軽い敬礼を見せる。上官への言葉遣いに悩んでいる苦い表情だ。
他の上官達に比べて老齢なのは、警備隊からの叩き上げか、古参の貴族上がりだからだろう。
「アルフォン(Alufon)です。宜しくお願いします」
こちらも東方中部系の黄色をした若者だった。明朗で快活そうな声音と表情は、どことなくローナに似ている。もちろん、こちらは男性だが。
「あ、あの……ルエサー=トパーズ・フ……ルエサー衛生軍曹です!」
戦闘には不向きそうな――衛生兵では当然の――弱々しい、東方中部系の丸い顔立ちの女性が恐る恐る挨拶を交わしてくる。赤褐色の髪が異様に栄える、どちらかと言えば可愛らしい部類の女性だ。
フルネームを言いそうになって周囲に倣ったのだろうが、別にフルネームぐらいは聞いておいてもよかった。まあ、一時的な仲間である以上、彼らのチームに深入りするのは止めておく。
「あの、妹から聞いています。生きた伝説のセイプ中尉は、真似しようにも真似することができないとッ」
「……?」
最初は、急に話しかけてきたルエサーの言葉を理解できなかった。
しかし、フルネームのことを思い出してみれば、ルエサーが貴族の出身であることが分かる。しかも、噂に名高い『模倣者』のフェリス=T・フロレンスの姉だというのだ。
「ルエサー軍曹から、色々とセイプ中尉の噂は聞いています。こうした空気で話そうと考えたのも、彼女ですよ」
付け加えるように、アルフォンが口を開いた。
「真似、ねぇ……。正直、俺の物真似をしたところで強くはなれない、って妹に言っておきなさい。ところで、歓迎会を開いてくれそうな雰囲気じゃないが?」
「あぁ、話が逸れて申し訳ない。今しがた、奪還作戦の作戦会議が終わったところです」
そう言って、グロウブが周辺の地図を差し出してくる。
奪還拠点はベースキャンプから数百メートル南のジャングルにある。見通しが悪いことと、足場が天候に左右されることを除けば、起伏のない普通の密林だ。装甲車や重火器の持込ができないため、四方を固めて歩兵による殲滅作戦という形を取るらしい。
「なるほど、妥当な線だが……あまり死人は出て欲しく――」
ない、と言いかけたところで、天幕に人が入ってくる。
「――失礼します。ただいま、捕虜の収監が終わりました」
ヘンゼルだ。
捕虜と聞いて、ソルフは顔をしかめた。
そして直ぐに納得する。
トラックの荷台に積んでいたのは、たぶん荷物もあったのだろうが、その捕虜とやらが居たからだろう。
「分かった。それと、ご足労願った中尉に、何か飲み物と……野戦服とS.Aはこちらの備品から選んで貰え」
「イエッサーッ。では、中尉、こちらへ」
ヘンゼルに促され、ソルフは何か払拭し切れないものを感じながらS.Aの保管庫に向かう。
ちなみに、S.Aとは機構装甲のことである。正式にはソルジャー・アーマーという名称があるものの、正式な文書の中でも略式として使われるほど定着している。
概要のみを説明するならば、十年ほど昔、西方との戦争が勃発した当時に人的資源を保護するための装着型装甲として発案された。当初は防弾チョッキよりも強度の高い鋼鉄の鎧を身に付けるはずだったのだが、全身を守れるだけの装甲はそれだけで五十キロ近い装備になってしまったわけだ。
それでは機動力に問題があり、そこで考え出されたのが機械的に稼働できるよう、改善されたもの。
中肉中背のソルフにしてみれば大抵の規格には合うのだが、最も体に馴染むものを見つけ、汗を流してから服を着替え終えたのは山間に日が沈んでからだった。
夕食を終え、日が暮れた頃には大隊の下士官達とも打ち解け、焚き火を囲みながらインスタントのコーヒーなどを飲む。ありきたりな談話ではあったものの、少しずつながら昔の感覚を思い出し始める。性格も異なり、多種多様な人間が入り混じる軍隊は、人種のサラダボウルの縮図である。
民族的な差異に悩まされたこと、無意味なことから喧嘩などしたこと、今にして思えば懐かしい思い出だった。
「中尉は、ご結婚は?」
フッと、物思いに更けていたところで、ハーバーに問いかけられた。
「あ、あぁ……独身だよ」
「そうなんですか? 伝説と言われた中尉に、女性が言い寄って来ないとは思えないのですが」
そうした疑問は最もだ。いや、もちろんアプローチを掛けてきた女性も軍部に居た。
ただ、自意識過剰になることのなかったソルフは意図的に受け流していたり、時に女性の機微に疎いというのもあったためか男女の関係になることはなかった。本当に、友人のような関係を保ってきたし、中には分かり辛くて退役した後に本心を聞かされたことも間々ある。
もし、自分から恋というものをしたのであれば、現在は親友の配偶者となっているリロナ=エルセントぐらいのものか。
「でも、今でも気になる女性が、一人ぐらいは居るんじゃないですか?」
そう問われ、ソルフは記憶の片隅に残った人物のことを思い出す。
決して忘れていたわけではないが、たぶん、二度と出会うことのない女性だからこそ想い焦がれることはしていない。
「居ないと言ったら嘘になるが、願わぬ恋さ。あまり詮索しないでくれ、恥ずかしいから」
「これは失礼しました」
笑い飛ばして、誤魔化す。
焚き火を囲んだ輪の中でも笑いが漏れる。
そんなことをしていると、手に僅かながら違和感を覚える。視線を向ければ、お湯を沸かしている薬缶の口から蒸気が吹き出して手に掛かっていた。
「熱い……」
気付いて、直ぐに手を退けた。しかし、どうやら思いの他、長く蒸してしまっていたようだ。
「大丈夫ですか? 湧き水があちらにありますよ。誰か、濡らしたタオルを持ってきてやってくれ」
「そうか。あぁ、こういうのはしばらく水に浸けといた方が良いんだ。料理なんかしていると、熱さにも慣れちまうからなぁ」
思わぬ失敗を誤魔化しつつ、ソルフは地下水の沸く水辺へ向かう。
戦闘には支障もなかろうが、後でルエサーに湿布を貰っておこう。
~どれそれ羊狼ラジオコーナー~
「忘れた方も、覚えている方も、おはこんばんは。翠色じゃないヒスイこと作者のヒスイです」
「げ、ゲストの、ルエサーです……よろしく、お願いしますッ」
「登場初っ端からゲストに呼ばれるって、主役級の扱いですよ。なのに、なんでそんな隅っこであいさつしてるんだよ?」
「い、いえ、こんなところに呼んでいただき、大変きょうひゅく――恐縮です!」
「噛んだね」
「噛みました……」
「なぜ彼女が今日のゲストなのか、と聞かれると……呼ぶゲストがいなかったからだったり(笑)」
「あ、そうなんですか……? ですが、ちゃんと台本を貰ったのですが」
「一応、台本とかあるけど、今までのゲストってアドリブだから気にしないで。今回は俺の一人舞台と言うか、あまり知識のない作者に『登場人物アニメ声優(仮)』のご意見を集めたいと思っただけなんだよね」
「はぁ? 私には縁のない話ですが、口調などから読者様の一般的なイメージをお聞きしたい、ということですね。えぇっと、台本には(遠藤 綾さんの声でお願いします)とありますが?」
「某とある科学で出現する大宮ジェイミーさんだ。とりあえず、性格的に見てルエサーの声優は決定かな」
「わ、わかりました。頑張って真似をしてみます!」
「よろしい。それでは、ご意見、ご感想を随時お待ちしております。次回は、もう少し早く更新でいるように頑張りたいと……」