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第8話 「世界」の最期(その10)

 瑞行に包まれ、まるで溺れているような“女王様”があえぐ。

 ――これは、前に滅ぼした世界の……――

 瑞行がささやく。

「そうだよ。貴様によって滅ぼされた世界の、それによって肉体をゆがめられた――“糸”だった者だよ」

 その口調は、もはや冬祐の知る穏やかな瑞行のものではなかった。

「半次元状態のこの肉体なら、貴様に物理的なダメージを与えるまではいかなくても溺れさせることくらいはできる。ずっと、ずっとずっと待ってた、貴様に復讐する機会を。これまで貴様が滅ぼしてきた、すべての世界の怨念を、無念を思い知れ」

 “女王様”は自身を包む瑞行の中から冬祐へ、もがくように腕を伸ばす。

 そして、告げる。

 ――パラサイティブゾーンはここだけではありません。並行宇宙の境界には、時空の狭間には数千数万のパラサイティブゾーンが漂流しています。いずれ、そのうちのひとつが御客人の世界に係留するでしょう。そして、御客人の世界を絶望で染め尽くし、絶望死させることを忘れ……れ、れ、れ。おおおおおお……、おお……、お……、……、……――

 “女王様”の断末魔が途絶えて、静寂が訪れた。

 しかし、その静けさは長く続かず、すぐにぐらりと大きな振動が“奥の間”全体を揺らす。

 続けて、壁に、床に、天井に、ヒビ割れが走る。

 背後の“女王様の間”では鍾乳石が次々と砕け、崩れ落ちている。

 “なにが起きたのか”と戸惑う冬祐と、竹児と、ホーネットに瑞行がささやく。

「パラサイティブゾーンの終焉だ」

 “女王様”の骸を覆い包んだまま“ぐい”と鎌首をもたげて、冬祐たちに大きな目を向ける。

「まもなく、パラサイティブゾーン(ここ)は完全に消滅します。早く外へ」

「瑞行さんは……」

 問い掛ける冬祐に、瑞行が答える。

「私はパラサイティブゾーンとともに消滅します。もとより、どこにも帰る世界がないのですから」

 そう言うと、瑞行は静かに目を閉じた。

 満足げに。

 そして、その身体はゆっくりと蒸発を始める。

 ぱらぱらと落ちてくる天井の破片は落下しながら光の粒になり、輝く雪のようになって降り注ぐ。

 その雪の中を、冬祐は右ヒザを引きずりながら歩み寄る。

 円柱の中で、ゆらゆらと髪を躍らせて自分を見ている翠のもとへと。

「翠、翠……」

 その名を呼び続ける。

 もし、自分が快翔に代わってオーナーになれていたら、翠はこんな姿になることはなかったのではないのか。

 そんな悔恨に覆われながら。

 ――冬祐様――

 不意に呼びかける声が聞こえて、円筒越しの翠を見る。

 翠はゆっくりと閉じた目を静かに開いて、冬祐を見つめる。

 ――前に一度ここに来てくれたじゃないですか。あのあと、ずっと、ここの暗闇の中で後悔してたんです。もし、あたしが自分の正直な気持ちに気付いていたら、そして、それを認めていたら。あたしは、人間になって冬祐様と一緒に生きたかった。でも、それが叶わなかったのは自分の気持ちに気付かなかった、ううん、気付いていたけど認めなかったあたしのせいだから。冬祐様……これまで、ずっと、ありがとうございました。最後にもう一度会うことができて……気持ちを伝えることができて、よかったです。……さようなら――

 円筒の中で、翠が目を閉じた。

 穏やかな表情を浮かべたままで。

 背後からホーネットに支えられた竹児が、冬祐に声を掛ける。

「冬祐……どうしようもないよ」

 ホーネットは、じっと目を伏せて唇を噛んでいる。

 冬祐は、翠を収めた円筒の前にポケットから取り出した“お守りコイン”をそっと置く。

 永遠の眠りについた翠が、心安らかでありますようにとの願いを込めて。

 そして、後ずさりするように離れて、背を向ける。

 そのまま、背中越しに絞り出す。

「翠……さよなら」

 流れる涙を拭い、足を引きずりながら“奥の間”を出る。

 その後をホーネットに支えられた竹児が続く。


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