第8話 「世界」の最期(その9)
背後から、竹児の怒声とショットガンの銃声が轟いた。
同時に冬祐の肩から足元になにかが落ちる。
追って目を落とした冬祐が見たものは、甲羅を撃ち抜かれた――甲幅が三十センチほどの甲羅にイソギンチャクを乗せた――カニだった。
冬祐が顔を上げる。
どこにも翠の姿はない。
ここは“奥の間”。
以前、来た時と同じ、軽自動車サイズの“絶望兵器”が並ぶ部屋。
そのうちの一台に、上半身だけの“女王様”がすがりついている。
“女王様”がささやく。
――今、御客人の心中に広がっている絶望エネルギー。確かに抽出させていただきました――
その絶望エネルギーとは言うまでもない。
“蘇生した翠の幻”と、それが“見させられたサカユメに過ぎない”という現実から生じた絶望感に起因するものである。
冬祐はその言葉を否定するように、あるいは心中の絶望感を吹っ切るように“女王様”へ銃口を向けると、すかさず引き金を引く。
同時に“女王様”が口をとがらせて半透明の泡を吹き出す。
まさしく、シャボン玉のような。
“女王様”の放った泡が、冬祐の撃ったエネルギー弾に接触する。
同時に泡は弾けて、エネルギー弾ごと消滅する。
他の泡は冬祐と“女王様”の間で消えることなく、さらに床に落ちることすらなく中空に浮かんでいる。
――ゆがめた空間を、さらに圧縮したものです。触れれば弾けます――
かすかな笑みを浮かべる“女王様”の言葉に、冬祐がぶち切れる。
「だったらっ――」
怒鳴りながら銃を握った右手を“女王様”へと伸ばす。
「――全部、消すっ」
引き金を引く、何度も引く。
エネルギー弾が撃ち出される、何発も撃ち出される。
シャボン玉は、飛来するエネルギー弾に吸い寄せられるようにその弾道を塞ぐ。
そして、エネルギー弾に接触したシャボン玉は、次々と弾けてエネルギー弾を巻き込み消えていく。
しかし――。
不意に冬祐の右手が衝撃を受けて、銃が弾き飛ばされる。
同時に伝わる激痛に、左手で右手を押さえる。
その左手に感じるのは、ぬるりとした血の感触。
右手の甲が包帯ごと、ざくりと裂けて血を吹き出させていた。
冬祐は同じような経験を思い出す。
默網塚黒美の解体工場を出たところで、由胡から受けた初めての空間歪曲攻撃を。
とはいえ、痛がっている場合ではない。
銃を拾おうと、足元へ目線を落とす。
その目線の先で、小さなシャボン玉がふわりと冬祐の右ヒザに寄ってくるのが見えた。
そして、右ヒザに着弾。
同時にシャボン玉が割れる、右ヒザが裂ける。
冬祐はその衝撃と激痛に、顔から転倒する。
その先には、さらに別のシャボン玉がひとつ。
シャボン玉は顔を背ける冬祐の左頬に触れると同時に弾けて、頬をざくりと抉り跳ばす。
――わかりましたか? それ以上、近づくことも触れることもできないということが――
そして“女王様”はすがりついている“絶望兵器”にささやきかける。
――この部屋に入った時に御客人へ見せたサカユメの絶望エネルギーで“絶望兵器”を起動できるだけのエネルギーは確保できました――
フロントパネルが開いて、翠の首を収めた円柱が姿を現わす。
“女王様”が翠の首に語り掛ける。
――御客人の世界を滅ぼしなさい、今、すぐに。そして、その世界を滅ぼすことで得たさらなる絶望エネルギーで私の傷を癒やしましょう。そうすれば、もう、この係留世界に用はありません。係留世界を滅ぼして、また新たな世界を求めて旅を再開しましょう。さあ、あの御客人の世界を滅ぼすのです――
円柱の翠は、ゆっくりと冬祐に目を向ける。
“女王様”が焦れる。
――なにをやっているのです。早くあの御客人の世界を……ひいっ――
不意にあがった悲鳴に、冬祐が目を凝らす。
天井からしたたり落ちた黒いねっとりとした液体が“女王様”の髪を伝い、顔を伝い、喉を伝い、上半身を伝い、やがて、全身を黒く包んでいく。
冬祐は、それがなにか知っている。
「瑞行さんっ」
パラサイティブゾーンに戻り、時間を経ることで完全復活した瑞行だった。




