第8話 「世界」の最期(その7)
冬祐は立ち尽くす。
その“サカユメ処理室”は黒い壁スクリーンに囲まれた、イソギンチャクを乗せたカニだけがいる部屋――のはずだった。
しかし、今、その部屋は見る影もなく散らかっていた。
床に散乱しているそれは甲幅一メートルほどの巨大なカニと、その甲羅から引きはがされたイソギンチャクの死骸。
そして、竹児の“レセプタ”だったジャージにシニヨンヘアの女――我孫子遥麗と、冬祐の知らない男女の死体。
この男女は、竹児にとって冬祐から見た默網塚姉妹や欠坂のような存在なのだろう。
そして、そして、――破壊されたケイタの残骸。
「ケイタ……」
冬祐はヒザをついて、ケイタの顔を覗き込む。
その顔は穏やかに微笑んでいるように見えた。
「がんばったんだな、ケイタ」
自然にねぎらう言葉が口を衝いた。
改めて立ち上がり、周囲を見渡す。
壁スクリーンが黒から白になっているのは、カニが死んだことでその機能を完全に停止したことを表しているのかもしれない。
そんな室内のどこにも竹児の姿はない。
ただ、血に濡れた靴跡が奥の扉――“女王様の間”へと続いている。
「竹児っ」
冬祐が奥の扉へ駆け寄り、開く。
そこは鍾乳石が垂れ下がり、石筍の林立する“女王様の間”。
飛び込んだ冬祐に、背中から倒れるように全身を血で汚した竹児が身体を預ける。
「竹児。大丈夫か」
とっさに支えた冬祐が、竹児に声を掛ける。
竹児は力なく笑う。
「ダメだ。先生や瑞行さんの言う通りだった。通用しない。次元の壁は厚かったぜ」
冬祐は考えることもなく“女王様”へと銃口を向ける、そして、引き金を引く。
撃ち出されたエネルギー弾は“女王様”に着弾するものの、体表に波紋を波打たせるだけでダメージにはつながらない。
それでも諦めない、折れない。
続けざまに、エネルギー弾を撃ち続ける。
しかし、効かない、通用しない。
――いいかげんに、諦めてはどうでしょう――
“女王様”が手元に光球を集束させながら、かすかな嘲りを含んだような声で告げる。
冬祐は構わず、竹児を支えながらエネルギー弾を撃ち続ける。
引き金を引く指が痺れ、感覚を失っても撃ち続ける。
それでも、その一発として“女王様”にダメージを与えることはない。
集束しきった光球が“女王様”の手を離れる、冬祐に向かってふわふわと宙を泳ぐ。
冬祐は光球に向けても発砲するが、やはり、着弾したエネルギー弾は波紋として拡散される。
光球を破壊することも、撃ち落とすこともない。
そして、ついに――冬祐は銃を下ろした。
「冬祐……?」
竹児の呼びかけに、冬祐は顔を伏せる。
「僕は、またダメだった。なにをやっても、誰の願いも、誰の助けにも……」
自身を責めて泣きそうな冬祐に、竹児がささやく。
「いや、よくやった。あんな次元の違うバケモノを相手にしてたんだ。ここへ来ただけでも誇っていい」
「竹児……」
冬祐はなにもできず、ただ、飛来する光球へと顔を向ける
そして、見つめる。
すべてを諦めた目で。
その時――
「冬祐っ」
――声とともに、背後から投げつけられたものが光球に触れる。
同時に光球が弾けて消えた。
冬祐が振り返る。
“到着”の扉を背にして立っているのは――ホーネット。
ホーネットが叫ぶ。
「拾えっ。そして、撃て」
冬祐は、落ちたものを探して目線を下げる。
足元に落ちているのは銃のエネルギーカートリッジ。
「早くっ」
ホーネットに急かされた冬祐には、もはや、迷うことも、ためらうことも、考えることすらもできる余裕はなかった。
ただ、急かされるまま拾い上げたカートリッジを装填する、銃口を向ける、引き金を引く。
「え?」
同時に“女王様”の腹部が爆裂した。




