第8話 「世界」の最期(その6)
扉の外には、すぐ目の前にカウンターがあり、その向こうの壁には何度も見た“外への扉”があった。
そこは、これまで何度も通った“カウンターのある部屋”だった。
「やっと、戻ってきた」
冬祐は溜息とともにつぶやいて、カウンターを乗り越える。
そして、周囲を見渡す。
カウンターの両サイドには、これまでどおり“出発”と“到着”の扉がある。
しかし、あちこちに開いていたはずのワームホールはひとつもない。
静まりかえった中で、その意味するところを考える。
ワームホールを生成していたのが由胡の能力だったとすると、そのワームホールがすべて消えていると言うことは……。
ふうと大きく息をつく。
“自分の行く手を阻む者”がいなくなったことは、単純に喜ぶべきことなのだろうが“由胡が死んだ――かもしれない――こと”について喜ぶのには抵抗を感じた。
確かに、冬祐にとって由胡はこの世界へ引きずり込み“女王様”の指示で翻弄した“レセプタ”なのだが。
その時、部屋の隅でちかりと光るものに気が付いた。
それは里村夫人からもらった“お守りコイン”だった。
拾い上げたコインをポケットに収めると、改めて静まりかえった室内を見渡す。
そして、気持ちを切り替える。
いつまでも、ここで立ち止まっている場合ではない。
早く、竹児たちに追い付かねば――冬祐は“到着”の扉へと足を向ける。
その時、頭上から吹き下ろす異様な臭気をはらんだ風を感じた。
そこからは無意識だった。
顔を上げながら、銃を構える。
天井にはワームホール。
その向こうにはタコの腕足で締め付けられ、ぐしゃぐしゃに潰されて臓物の塊と化した默網塚姉妹。
そこから、冬祐目がけて“落ちて”くる由胡の上半身。
それは満面の笑顔で。
同時に冬祐は感じる。
みしみしと頭蓋骨の軋む音。
ぷつぷつと目鼻の毛細血管がちぎれる感触。
そして、そこから噴き出す自身の鮮血。
その感覚の中で、目を閉じて引き金を引く。
ぱん。
由胡の鼻から上が四散した。
冬祐はそのまま仰向けに倒れながら、落ちてくる由胡の上半身を受け止める。
口から下だけが残った由胡の顔が、冬祐の腕の中で自嘲気味につぶやく。
「ちくしょう、悔しいな。余計なことを考えなきゃ……冬祐が見えた瞬間に冬祐の頭の空間を潰せたのに。悔しいなあ」
言う通り、あと一瞬、早ければ冬祐の頭は潰れていた。
「ああ、悔しい。でも、由胡と冬祐の差だよね。冬祐にとって由胡はただの幼なじみで……こっちの世界へ引っ張り込んだ迷惑なやつ――でしょ」
「……」
「でも、由胡にとって冬祐は会いたくて“母上様”に呼んでもらった相手で……初恋相手だもん。やっぱ、迷うよ。ああ、悔しい。……冬祐」
名を呼ばれて、無意識に返す。
「うん」
由胡の口元がゆがむ。
「“うん”じゃなくて、名前を呼んでよ。冬祐」
「……由胡」
「ありがと。じゃあね。由胡とのこと、忘れないでよね」
静寂が戻った。
冬祐はいたたまれない表情で由胡だった肉の断片を床に下ろし、無意識に手を合わせる。
そして、振り切るように頭を振って“到着”の扉へ向かう。




