第8話 「世界」の最期(その3)
それが風もない中でふわりと螺旋を描くように立ち上がり、そして、くるくると――。
「やばっ」
“その理由”に気付いた冬祐が、慌てて払いのけるように手を振り上げる。
上着の袖口がずたずたに切り裂かれた。
由胡の放った空間歪曲だった。
初めて解体工場の前で見た、そして、白美を始めとするホワイト団の連中を片っ端から仕留めた、あの。
「由胡っ」
“やむを得ない”と、冬祐が引き金を引く。
しかし、発射されたエネルギー弾の弾道は、由胡の周囲で湾曲して背後の壁を直撃する。
明らかに由胡を避けるその弾道に、冬祐は由胡が空間歪曲をバリア代わりに使っていることを直感する。
欠坂が叫ぶ。
「カネの匂いだってばああああっ」
突然、由胡の上空に黒い穴が現れた。
冬祐は、この穴がなんなのか知っている。
ワームホールだ。
由胡の身体が飛び上がって、ワームホールに消える。
「カネの匂い、カネの匂い」
冬祐は、背後に突然現れた気配に振り返る。
いつのまにか開いていたワームホールから由胡が飛び出し、二本の腕が冬祐を押し倒す。
異形の肉塊はそのまま冬祐を押さえつけると、下腹部にある欠坂の顔が鼻を鳴らしながら冬祐の身体をぐりぐりと頬ずりするようにまさぐる。
「カネ、カネ。ここか? こっちか?」
顔面で全身をまさぐられる不快感から逃れようと身を捩る冬祐だが、二本の腕はがっちりと冬祐の動きを封じている。
八本ある腕のうち、この二本が欠坂の腕なのだろう。
「カネだよ、出せよ。わかってんだぞ。隠すなよう」
上目遣いで睨み付ける欠坂の顔に、冬祐は思わず怒鳴り返す。
「なんだよ、カネって。持ってるわけねーだろっ」
この世界に来た時、最初にポケットの持ち物はすべて確認した。
財布も、小銭も、電子マネーを使うスマホも、持ってはいなかった。
すべてのポケットは空だったのだ。
それは、今でも同じ――いや、ひとつだけあった。
左手でまさぐったポケットから取り出したのは、一枚のコイン。
里村夫人からもらった“お守り”の。
“今でも貨幣としての価値は失っていない”というメグの話を思い出す。
冬祐は組み伏せられたまま、コインを指で弾いて部屋の隅へと転がす。
「カネだ。やっぱり、持ってやがったあああああ。カネえええええええええっ」
欠坂が冬祐の上から飛び降りて、転がるコインを追いかける。
起き上がった冬祐は、すかさず、その背中へ引き金を引く。
“どん、どんっ”と着弾の都度、重い音とともに由胡の身体が大きく揺らぎ、開いた弾痕が鮮血を噴き出す。
「ひいいいいいいいいいいいいっ」
欠坂が悲鳴を上げる。
その悲鳴に、默網塚姉妹が反応する。
「悲鳴悲鳴悲鳴悲鳴悲鳴悲鳴悲鳴いいいいいいいいい。白美ちゃん、白美ちゃん。聞いた?」
「聞いたよ、おねえちゃんっ。でも、ちがうの」
「なにが、ちがうの? 白美ちゃん」
「近くに“悲鳴の巣”があるよ、たくさんの悲鳴で溢れてるお部屋があるよ」
白美が言った直後、由胡の周囲にいくつものワームホールが開く。
その中で床に開いたひときわ大きな穴を、默網塚姉妹が由胡の身体ごと覗き込む。
「ここここここここ、ここなの? ここなの? 白美ちゃん」
「そうよ、おねえちゃん。ここよ、ここなの」
身を乗り出しすぎてバランスを崩した由胡の身体が、穴の中へと転がり落ちる。
その様子を目で追って、身を乗り出した冬祐も、また――。




