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第8話 「世界」の最期(その2)

 ここを通るのは何度目だろう――“カウンターのある部屋エントランス”で冬祐は思う。

 入ってきたばかりの“外へ通じる扉”と“出発”の扉は、脱出したときに冬祐が発砲して破壊したはずなのに何事もなかったかのように修復されていた。

 今となっては誰もいなくなったカウンターを横目に“到着”の扉へと進む。

 その時、カウンターの向こうからひょいと顔を覗かせた者がいる。

 ぎょっと立ち止まった冬祐は、それが芦川由胡であることをすぐに理解する。

「おかえり、冬祐」

 由胡は冬祐のよく知る、小学生の頃に何度も見せた笑顔を向ける。

 警戒して立ち止まっている竹児と、瑞行を手に乗せたケイタに冬祐がささやく。

「ここは僕が止める」

「任せるぞ」

 竹児が、冬祐の肩を後ろから叩いてケイタを促す。

「行こう」

 竹児とケイタが“到着”の扉を開くが、由胡は動かない。

 にこにこと冬祐を――冬祐だけを見ている。

 まるで、この場に自分と冬祐しかいないように。

 静寂の中で、竹児とケイタの姿が扉の向こうに消える。

 由胡が口を開く。

「“母上様”は“冬祐は、もう来ない”って言ってたけど、由胡は信じてたよ。絶対に戻ってくるって。だから、ここでずっと待ってたんだあ」

 そして、続ける。

 冬祐の最も触れられたくない“思い出(こと)”を。

「夏休みのこと、憶えてる? 最後に会った日のこと」

 もちろん、憶えている。

 早く忘れたいのに、なかったことにしたいのに。

「憶えてるよ、当然」

 少し怒った口調になったのは由胡に対してではなく、怖くなって逃げ出した当時の自分に対する感情なのだろう。

 由胡が続ける。

「由胡はねえ、オトナになりたかったんだよ。オトナになったら、今のイヤな世の中が全部変わるんじゃないかって。それを冬祐に手伝ってもらおうと思ってた」

 冬祐が答える。

「とりあえず……あの時のことについては、どう言っていいのかわからないけど――」

 頭を下げる。

「――ごめん」

 なぜ、謝っているのか、自分でもわからない。

 それが、由胡の家庭環境における苦しみや、世界そのものを変えてしまいたいと思うほどの境遇に思いが至らなかったことに対してなのか。

 あるいは、それに協力してやれなかったことに対してなのか。

 とにかく、ずっと心の奥底に溜まっていた正体不明の罪悪感を消したかった。

 謝ること(それ)が逃げ出した自分への、置き去りにした由胡への贖罪になるとでも無意識に思っているのかもしれない。

「もう、いいよう」

 由胡が笑う。

「施設に入ってからのことは、あんまり憶えてないんだよねえ。もしかしたら、死んだのかもしれない。ただ、気が付いたらパラサイティブゾーン(ここ)にいてさあ。それで冬祐を呼んだんだあ」

 施設に入ってからも“絶望”からは逃れられなかったのだろう。

 そんなことを思って不憫になった冬祐に、由胡が続ける。

「こっちで“母上様”の言う通りに冬祐を追いかけて、追いかけられて、楽しかったよお。で、冬祐は立派な“糸”になれてさあ。でも――」

 一転して声のトーンが下がる、表情が曇る。

「――もう、終わったんだよね。由胡の役目も、冬祐の役目も」

 そして、口角をつり上げて、カウンターの向こうで立ち上がる。

「残った由胡の役目は、冬祐を始末することだけなんだ」

 カウンターから現したその身体は、あの日に見た思春期前のこどもに特有のスレンダーな肢体ではない。

 八本の腕と足を持つ、醜悪な肉塊だった。

 その左肩と、右胸と、下腹部にひとつずつ、顔が付いている。

 その顔を、冬祐は知っている。

 それが誰か、冬祐は知っている。

 上から順に、默網塚姉妹とホワイト団の“デブ”――欠坂の顔だった。

「その身体は……」

 目を見張る冬祐に、由胡がくすくすと笑う。

「冬祐の、特に印象に残ってるクズを集めてみたんだあ。どう?」

 立ち尽くす冬祐に、構わず――

「カネだ。カネの匂いがするぞ。カネの」

「ああ、悲鳴が聞きたいのよ、私は。ねえ、白美ちゃん」

「おねえちゃん、私も。私も、悲鳴が聞きたくてたまらないのう」

 ――それぞれの顔が、それぞれの欲望を口にする。

 冬祐は静かに銃口を向ける。

「由胡、僕はこれから“女王様”に会いにいくんだ。ジャマしなければ、僕もなにもしない。いいだろ、由胡」

 由胡は答えず、ただ、にこにこと冬祐を見ている。

 その時、冬祐の右手に巻いた包帯がだらりと垂れた。

 出発前に不慣れな左手で、適当に巻いた包帯が。

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