第8話 「世界」の最期(その1)
「ここです」
瑞行がケイタの手の上から運転席のホーネットに声を掛けた。
「……」
ホーネットが無言のまま土埃を立てて停車させたそこは、全壊状態の建物の前だった。
もちろん、全壊させたのは暴走状態だった当時の瑞行である。
竹児が訝しげに目を細める。
「ここは……なんだ?」
冬祐にも、その建物がなんなのかわからない。
建物全体は崩れているのに、奥の方に無事な部屋があるのが外からもわかる。
「変な構造だな。一部分だけ頑丈に作ってるなんて」
冬祐がつぶやいた時、停まったクルマに不審を抱いたひとりの警備員が近づいてきた。
「なにか、御用ですか」
ホーネットが、運転席を覗き込む警備員を一瞥してクルマを降りる。
最初はその美貌に目を見張っていた警備員だが、すぐにそれが誰かわかったらしい。
「こ、ここにはオマエの欲しがってるものなんてないぞ。さっき、全部、は、搬出済みだからな」
異常を察した別の警備員が、離れた所から声を掛ける。
「おい、どうした。誰だ」
最初の警備員が振り向き、叫ぶ――
「来るなっ。ホーネットだっ」
――そして、逃げる。
もうひとりの警備員も慌てて逃げ出し、誰もいなくなった。
「じゃ、行くか」
竹児が一声上げて、クルマを降りる。
続けて冬祐と一緒に降りたケイタの手の上で、瑞行がささやく。
「奥の方です。あの無事な一画」
その指示に従って、瓦礫の中を歩く。
やがて、冬祐は“奥の強固な部屋”がなにかを理解する。
それは巨大金庫だった。
「ここは銀行だったのか」
つぶやく冬祐の前で、わずかに開いている扉を竹児が軋ませながら全開にする。
そこには、これまで幾度となく通ってきた“カウンターのある部屋”があった。
しかし、ホーネットは――。
「確かに搬出済みだな。空だ」
ホーネットの目には、ただの金庫にしか見えてないようだった。
「見ての通り、まちがいないです。これが入口です」
瑞行の声に冬祐と竹児、ケイタが頷く。
「私はここまでか」
状況を察したホーネットが吐き捨てる。
そんな苛立ちを隠そうともしないホーネットに、冬祐が向き直って深々と頭を下げる。
「ありがとうございました」
「……」
ホーネットは不機嫌なまま、金庫室を出て行った。
少しして表から聞こえてきた自動運転車の遠ざかる音を聞きながら、竹児がささやく。
「行くぜ」
「ああ」
「はい」
「行きましょう」
それぞれが答えて、足を踏み出す。
その時、冬祐の頭に“恐怖”はなかった。
非日常が常態化していることで“夢の中”感に感覚が支配されているのかもしれない。
なによりも“翠の無念を思うと怖がっている場合ではない”という感情もあった。
出会ってわずか数日なのに、それだけ翠は大きな存在になっていた。
冬祐は快翔と対峙した時のことを思い出す。
あの時はなにもできなかった、なにも言えなかった。
だからこそ、今度は逃げない。
竹児という心強い仲間、というよりヒーローとしての手本もいる。
今度こそ、自分はヒーローになる。
翠のために。
――そんなことを考えた。




