第7話 真相と覚悟(その7)
それまで黙って聞いていたホーネットである。
「……当然だ」
その場の全員がホーネットを見る。
全身に怒気をまとわせた、その姿を。
翠の仇を討ちに行くつもりなのだろう。
しかし、竹児がウーロン茶で口を湿らせて告げる。
「残念だけど行けるのは“ババア”が入域を許可した者だけだ」
ホーネットが竹児を睨み付ける。
「なんだと」
もし、竹児がこの世界の人間なら、恐怖のあまり失神していたかもしれない。
ホーネットの表情と声色には、それだけの迫力があった。
しかし、竹児も冬祐と同様に異世界の人間ゆえ、感情としてそこまでの恐怖も圧も感じることはない。
竹児が続ける。
「パラサイティブゾーンへ入れるのは“漂着者”と“ババア”の選んだターゲット。あとは、“妖精”が“ババア”の代わりに承認を与えたものだけだ――と、ナビ子が言っていた」
「ということは――」
冬祐が引き継ぐ。
「――入れるのは“漂着者”である僕と竹児。“女王様”がターゲットに選んだケイタ――」
そこまで言って、瑞行に目を落とす。
「――瑞行さんは……どうなんだろう」
瑞行が答える。
「その理屈なら私も入れます。“漂着者”であることに変わりはないですし。ずっとパラサイティブゾーンで暮らしてきたこと、そして、変異したこの肉体――これらによってパラサイティブゾーンとの親和性は誰よりもありますから」
冬祐は思い出す。
最初に上半身だけのアンドロイドを迎え入れた時、ヒメがアンドロイドに触れて発光させたことを。
今にして思えば、あれが“立ち入り承認の儀式”だったのだろう。
ということは――。
「ヒメに頼めばホーネットも入れるんじゃ?」
しかし、ホーネットが口を開くより早く――
「いや、無理でしょう」
――瑞行が否定する。
「私の“妖精”から聞いたことがありますが……竹児君が言った通り、妖精が“入域許可”を与えるのは、あくまでも代行権限にすぎません。今のヒメさんは、裏切り者として権限を取り上げられているはず。当人が入域することはできるでしょうが、第三者にその許可を与えることは、もうできないでしょう」
竹児が残ったウーロン茶を一気に流し込んで、つぶやく。
「結局、オレたちしか行けないってことだ」
そして、声のトーンを上げる。
「オレは行くぜ。たとえ、帰れなくても自分の世界を守りたい。そして、自分の世界には二度と会えなくても、守りたいやつらがいる。それに――」
不快感を隠そうともしないホーネットを見る。
「――戦いたくても戦えないヤツがいて、そして、自分は戦うことができる。つまり、戦うのはオレの使命だ」
ケイタが口を開く。
「ボクも行きます。この世界を代表して」
それまでとは別人のような、力強い表情と口調に冬祐は驚く。
「ボクが竹児様のエスコート相手に選ばれたということは、ボクの願いは叶わないことが決まっているのでしょう。もし、あそこで冬祐様と一緒に進んでいたら、ボクも今頃は“絶望兵器”に変えられていたことはまちがいありません。でも、今のボクに絶望はありません。このままだと滅びるのを待つだけの香鈴様――オーナーの住むこの世界を、ボクたちが救えるかもしれないという希望しかありません」
瑞行が続く。
「もちろん、私も行きます。さっきも言った通り、私自身が長くパラサイティブゾーンにいたことで感覚的に入口の場所を検知できますし。なによりも、私のいた世界に住んでいたすべての生物の借りを返さねばなりませんから」
全員の目が冬祐を見る。
冬祐の言葉を待っているように。
冬祐はそんなプレッシャーの中で、ぽつりぽつりと答える。
「僕は……僕は竹児や、ケイタや、瑞行さんみたいにかっこいいことは言えないけど……でも、このまま終わらせるつもりはない。あんな目に遭わされてしまった翠のためにも」
それが冬祐の口にできるすべてだった。
「しかし――」
定睦が難しい顔でつぶやく。
「――相手は別時空の存在じゃ。戦えるかのう」
手にしたカップをぐるぐると回し、中で揺れる残り少ないコーヒーに目を落とす。
「地を這うナメクジは、空を舞う鳥に手出しができん。次元が違うとはそれだけの違いがあるということじゃ」
「でも――」
冬祐が反論する。
「――先生から餞別にもらった銃は、アニーには通用しました。ヒメの話だとアニーも“女王様”の一部と言ってたので、アニーにダメージを与えられたなら“女王様”にも……」
そこへ瑞行がため息混じりに。
「レベルが違うと思います。確かに“同じ遺伝子構造を持つ存在”という話は聞いてますが。女王バチと働きバチのようなものです。女王バチのクローンに過ぎない働きバチに通用してもすべての権限を持ち、パラサイティブゾーンそのものである女王バチには通用しないかと」
さらに竹児も。
「確かにアニーには通用したが、ナビ子には効かなかったしな。確実性という点じゃ、かなり弱いな」
さらに重さを増す空気の中で、改めて定睦がつぶやく。
「ただ――」
視線が集まる。
「――これはこれで、やりがいのある仕事ではあるな」
残ったコーヒーを一息で飲み干して、にやりと笑う。
「なにか考えてみよう。打開策を」




