第7話 真相と覚悟(その6)
瑞行の話は続く。
「本当なら私自身も“糸”として完成した時点で、始末されているはずでした。しかし、かろうじて致命傷をまぬがれたのです。偶然としか言いようがありませんが。そして、私は自身の肉体が変容していくことに気付きました。それが自分の元の世界が滅ぼされた証しだったのです。どういう理屈かはわかりませんが、因果によって私はヒトの姿を失い、このような姿になったのです。そして、そのまま意識が途切れ……目覚めた時には二百年が過ぎていました」
冬祐のグラスですっかり融けて小さくなった氷が音を立てた。
「意識が途切れていた間に、パラサイティブゾーンの片隅でネズミかゴキブリのように隠れていた私を“案内担当”の……冬祐君がアニーと名付けた彼女が保護してくれたのです」
冬祐は彼女にアニーと名付けた時、瑞行はネコサイズで彼女に撫でられていたことを思い出す。
「ただ、私の異変は肉体の変化だけではありませんでした。利用されたとはいえ、自身の存在が“糸”として自分の世界を滅ぼしてしまったこと。そして、二百年もの空白時間という恐怖と悔恨が私の精神を混乱させたことで“もうひとつの意識”が、私の中に芽生えていたのです」
自分ではない意識が、自分の中に存在する――それがどんな気持ちだったのかと冬祐は考えようとしたが想像もつかず、かといって無理に考えるのも恐ろしい気がしてやめる。
瑞行は語り続ける。
「二百年振りに意識を取り戻したとはいえ、肉体の制御は“もうひとつの意識”に奪われた状態でした。私は肉体の主導権を奪い返そうと試みましたがうまくいかず……それどころか“もうひとつの意識”を暴走させてしまったのです」
定睦がつぶやく。
「それがボラガサキ市の“あれ”じゃったわけか」
「そうです。暴走した“もうひとつの意識”がこの肉体を巨大なバケモノに変え、パラサイティブゾーンをダンジョン化させて芦川由胡と我孫子遥麗という二体の“レセプタ”を取り込み、外へ出て……そこで出会った“妖精”――冬祐君のナビだったヒメさんに手を出したのです。その様子を、私は見ることしかできなかった。そんな私が自分の身体を取り戻したのは、ふたりの“レセプタ”によって身体を爆散させられて、暴走意識が消失したあとだったのです」
長い話が終わった。
重い静寂の中で――
「ということで、とるべき行動は決まった」
――竹児がつぶやく。
「すべての元凶である、あのババアをぶっ殺す」
冬祐も頷く。
“女王様”を倒せば、二度と元の世界に帰ることはできなくなるのだろう。
しかし、このままでは元の世界は“女王様”によって絶望死させられる。
そもそも“女王様”は冬祐を殺すつもりであり、帰すつもりなどまるでなかったことがわかっている。
ならば、竹児の言う通り“とるべき行動”はひとつしかない。
だが、冬祐は重大な問題に気が付く。
「でも……どうやって“女王様の間”へ行くんだ?」
集中する視線の中で続ける。
「僕たちの“帰り道”だった宅配ボックスはなくなった。脱出経路になった駅のトイレも、ただの用具入れになってた。他にどうやって……」
竹児が答える。
「オレたちの“帰り道”だった、郵便ポストが残ってる」
あ、そうか――と冬祐が口にするより早く割り込んだのは瑞行。
「おそらく、郵便ポストもトイレの用具入れ同様に、経路を切断されていると思います」
「は?」
眉をひそめる竹児に、瑞行が大きな目を向ける。
「トイレの用具入れをパラサイティブゾーンとこの世界をつなぐ経路から切断したのは、脱出に成功した竹児君や冬祐君を二度と入れないためでしょう。再襲撃を警戒してのことなのか、“糸”として完成しながら取り逃がしたという、イレギュラーな存在である冬祐君をパラサイティブゾーンから除外したいだけなのかはわかりませんが。と、なると、冬祐君と行動をともにしている竹児君が利用していた郵便ポストも、すでにパラサイティブゾーンとの接続を解かれていると思われます」
声を上げたのはケイタ。
「じゃあ、もうパラサイティブゾーンには行けないんですか」
瑞行の目が、くるんとケイタを見る。
「いえ、経路はまだあります」
竹児が瑞行に顔を寄せる。
「ある……のか?」
「はい。パラサイティブゾーンが、この世界での目的を果たしていない以上は」
「目的?」
首を傾げる冬祐に、竹児が答える。
「“この世界を絶望死させる”って目的だな」
「ええ。だから、まだ、つながっているところはあるはずです」
冬祐が促す。
「それは、どこに」
「今はわかりませんが……。ただ、私なら感覚的に探すことが、突き止めることができます」
「よしっ」
竹児は一声上げると、乾杯するようにウーロン茶のグラスを掲げる。
「ということで決定。改めてあのババアをぶっ殺しに行く」
そして、見渡す。
「意義はねえな?」
その言葉に、冬祐よりも、ケイタよりも、瑞行よりも早く答えた者がいた。




