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第7話 真相と覚悟(その1)

 冬祐がこの世界で初めて見た三日月は、今では半月にまでその容貌を成長させていた。

 冬祐たちがサダチカ・シティに着いたのは、夜の森を照らす半月が山の稜線に隠れようとしている夜更け頃だった。

 管理庁舎の一室――かつて知佐を取り囲んでいた会議室にいるのは冬祐、定睦、竹児、ケイタ、そして、ホーネット。

 ヒメはとなりの部屋に作った、ガーゼを敷き詰めたベッドで休ませている。

「……飲み物」

 カップとグラスをトレイに乗せて持ってきたのは知佐だった。

 結局、あれから居着いたらしい。

 定睦にはコーヒー、冬祐にはコーラ、竹児にはウーロン茶、そして、ケイタとホーネットにはアンドロイド専用の飲み物が入ったグラス――それらをそれぞれの前に置いていく。

 知佐に関して冬祐が特に気になったのは、ホーネットとの関係だった。

 なにしろ、知佐は元ホワイト団なのである。

 その素性を知ったら、ホーネットがただでおくはずがない。

 しかし、知佐はホーネットに対して特に緊張している素振りはなく、むしろ、初対面の竹児の方に緊張しているようだった。

 その様子から察すると、知佐とホーネットの間にはなんのわだかまりもないのだろう。

 もしかしたら、定睦が間に入って話し合う場を設けたのかもしれない。

 そんなことを思う冬祐の目線の先で、少し困った顔の知佐が五人を見渡している。

 その手の上のトレイには、水を張った皿が一枚。

 持ってくるように頼まれたものの、どこに置いていいのかわからない――といったところらしい。

 そこへ手を挙げたのは竹児。

「ああ、皿はこっち、こっち」

 竹児は知佐に「ありがと」と声を掛けながら皿を受け取り、そっとテーブルに置く。

 そこはテーブル上でうずくまっている“謎生物”の前だった。

 この水は“謎生物”の分として、竹児が頼んだのだろう。

 空になったトレイを手に部屋を出ようとする知佐を、定睦が呼び止める。

「ちょうどいい。あれをもう一回、見せてくれんか」

 知佐はトレイをかたわらのテーブルに置くと、ショルダーストラップで提げたタブレットを操作する。

 壁一面を埋めている大スクリーンが明滅し、映し出されたのは一面に散らばる瓦礫の海を空撮した映像だった。

 冬祐はその映像がいつ、どこで、なにを撮ったものなのかを、すぐに理解する。

 画面の中でひとつの人影を置き去りに、中央の箱へと黒いスライムが消えていく。

 続けて現れた小さな人影と先の人影も箱の中へと入っていき、誰もいなくなった。

 ボラガサキ市の公園跡地でヒメをさらった“単眼スライム”と、それを追う冬祐と翠の姿にまちがいない。

 冬祐は撮影されていることなどまったく気付いてなかった。

 いつのまに? 誰が?――そんなことを考えながら見ている画面の中で、不意に放たれた二条の光線が交錯する。

 直後に宅配ボックスは爆発、炎上して跡形もなくなった。

 ぽかん状態の冬祐に、定睦が口を開く。

「三日前の映像じゃ。警察がドローンで空撮しておった。あの“箱”を破壊したのも警察じゃ。“これにてボラガサキ市の災厄は終了した”として、今日の正午から立ち入り規制が解除されて復興作業が始まっとる」

 聞きながら、冬祐は考える。

 この映像には解説も実況もBGMもないことから、テレビニュースのコピーなどではない。

 警察から、直接、入手ダウンロードしたものなのだろう。

 以前、知佐がタブレットを操作して“デブ”の死体発見に関する警察無線を傍受したことを考えれば、この映像も知佐が独自に入手したものに違いない。

 定睦がコーヒーをひとくちすすって続ける。

「で、このあと、なにがあったんじゃ?」

 我に帰った冬祐が“なにはさておき”と、竹児とケイタに目を向ける。

「その前に……改めて、鶴瀬竹児君とケイタ君です」

 冬祐の紹介を受けた竹児とケイタが、定睦とホーネットの視線に頭を下げる。

 本来ならこういう幹事的役割など絶対苦手な冬祐だが、この中で唯一全員と顔見知りなのが自分しかいないのでしょうがない。

「そして、こちらが僕たちがずっとお世話になってる駒込定睦さんで“先生”。アンドロイドたちの“駆け込み寺”になってる、このサダチカ・シティの……市長?」

 ケイタが声を上げる。

「聞いたことがあります。“駆け込み寺”の存在を」

 定睦が黒幕を気取るような不敵な笑みを浮かべて頷く。

「ふっふっふっ、それがここじゃ」

 ケイタは興奮気味に立ち上がって、定睦に握手を求める。

「ボクはケイタですっ。製品番号はケイブ八五S二六八八K。お目にかかれて光栄です」

 冬祐は“最後に残ったひとり”に目を向ける。

「で、こちらがホーネット」

 背もたれに身体を預けた腕組みのホーネットは、表情ひとつ変えない。

 その様子から、あまり機嫌がよくないことが冬祐にもわかる。

 しかし、ケイタは物怖じすることなく。

「はい。存じております。よろしく、お願いします」

 そして、竹児も。

「名前はあちこちで聞いた。よろ」

 冬祐は改めて四人を見渡す。

「と、いったところですが……」

 ホスト役など初めてなので紹介がこれでいいのかも、次になにを話していいのかもわからない。

 そこへ竹児が手を挙げる。

「もうひとり、紹介する――」

 “もうひとり”って……誰?

 冬祐と定睦が首を傾げる。

 ホーネットは変わらない無表情で、竹児を見ている。

 竹児の目線が向いたのは、テーブルに載っている“謎生物”。

「――嘉川瑞行かがわみずゆきさんだ」

 冬祐はぽかんと“謎生物”を見つめる。

 これまでずっと“単眼スライム”と呼んできた存在を。

 テーブル上の“謎生物”――瑞行が、もぞりと動く。

「嘉川瑞行です。最初に謝らせてください」

 大きな単眼をぐるりとホーネットに向け、外見からはまったく想像もつかない穏やかな口調で続ける。

「ホーネットさん……。あの時は申し訳ありませんでした」

 冬祐はすぐに“あの時”というのが、ボラガサキ市の多目的センター前でのことだと察する。

 ホーネットは答えない。

 相変わらずの無表情だが、しかし、それは“怒っている”とか“許さない”ではなく戸惑っているようにも見える。

 気まずくなりかけた空気に、定睦が口を開く。

「ならば、ワシからも謝らせてほしい」

 視線が集中する。

「多目的センター前で、いきなりクルマを突っ込ませてすまなんだ。あと、陰で“バケモノ”と呼んだことも」

 そう言って、座ったまま頭を下げる。

 こうなると、冬祐も謝らないわけにはいかない。

「僕も……その、発砲してすいませんでした」

 普通に生きていれば、おそらくは生涯で一度も口にしないであろう謝罪の言葉とともに頭を下げる。

「じゃあ、まあ、そういうことで」

 仕切り直しとばかりに、竹児がぱんと手を叩く。

 そして、ウーロン茶を手に冬祐を見る。

「どこから話すか」

 冬祐は迷う。

 みんなに聞いてほしいこと、そして、竹児――あるいは瑞行さん――に聞かねばならないことが、あまりにもありすぎる。

 それは竹児も同じに違いない。

 そこへ、ホーネットが口を開く。

「翠はどこにいる」

 その口調は静かでありながら、冬祐ですら背筋を凍らせるような迫力があった。

 ずっとこの場に翠がいないことが気に入らないのだろう。

「翠は……」

 冬祐が口ごもる。

 その背を押すように竹児が促す。

「じゃあ、冬祐の話からだな」

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