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第6話 翠(その1)

 垂れ下がる鍾乳石と突き出した石筍――それらが林立する鍾乳洞の中に、初めて訪れた時と同じく石筍に乗った上半身だけの“女王様”がいた。

 ――ご苦労様でした、御客人――

 冬祐はそれどころではないと声を上げる。

「バッテリーがやばい。早く、なんとか」

 ――そこへ彼女を――

 言われるまま“女王様”の前にある石台へ、ぐったりとした翠を下ろす。

 どこからかふわりと現れた光球がひとつ下りて、翠の下腹部に消える。

 冬祐は息を潜め、祈るような思いで見つめる。

「やっと、ここまで来たんだぜ。願いが叶うんだぜ」

 ぶつぶつとつぶやく冬祐の前で、翠の目が開く。

 そして、がばと跳ね起きる。

「冬祐様? ここは」

 きょろきょろと周囲を見渡した目が“女王様”で留まる。

 呆気なく復活した翠に、冬祐は安堵の息をつく。

 そして、告げる。

「鍾乳洞だよ。願いを叶えてくれる」

 その言葉を聞くと同時に、翠は飛び上がるように正座して“女王様”に頭を下げる。

「おおおおおおおお願いしますっ。あたっ、あたしを、あたしを人間にっ」

 冬祐はついさっきまで“風前の灯”だったとは思えない勢いに、たまらず苦笑する。

 “女王様”が淡々と答える。

 ――すべてわかっています。メイブ九二C六六四七G。あなたが人間になりたいことも。その理由も――

「は、はいっ」

 一瞬で頬を赤く染める翠に“女王様”は、冬祐にとってはもちろん、翠にとってもおそらくは予想外の“提案”をする。

 ――そこでどうでしょう。人間になる前に、一度、会っておくというのは。狭山快翔に――

 翠を載せたままの石台が静かにスライドし、地下への階段が現れた。

「え? ええ?」

 その提案と、いきなり現れた階段の両方に声を上げて驚く翠だが、すぐに目を伏せて表情を曇らせる。

「で、でも、こんなカッコウじゃ……」

 確かに冬祐の目から見てもブラウスは汚れ、スカートのプリーツもだらしない。

 おそらく、髪もごわごわ、ばさばさなのだろう。

 ボラガサキ市の多目的ホールで避難してきたアンドロイドの修復作業にかかり、そこから土埃の舞う瓦礫の中を歩いて冬祐と合流したのだから無理もない。

 しかし“女王様”は気にせず、右手から光球を放つ。

 ――これでよいのでしょう?――

 それが着弾した瞬間、翠の着衣が新品のような折り目正しい清潔さを取り戻す。

 表情を輝かせる翠を“女王様”が促す。

 ――いってらっしゃい。狭山快翔に会いに――

 きらきらとした表情の翠が“女王様”に胸を張って応える。

「はいっ」

 そして、石台から飛び降りると階段を駆け下りる。

 ころころとせわしなく変わる翠の様子をぽかんと見ていた冬祐だが“女王様”から声を掛けられて我に帰る。

 ――御客人も同行しては?――

「は、はい」

 冬祐が翠の後を追って、階段を下りる。

 わずか十段ほどの階段の先にある扉の前では、翠がつやを取り戻した髪を整え、ブラウスの襟元とスカートのプリーツをなでつけている。

 そんな明らかに緊張している様子に冬祐が笑う。

「大丈夫だよ」

「は、はいっ。ありがとうございますっ」

 翠がはりきって扉を開ける。

 扉の向こうは、マンションの共用廊下だった。

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