第4話 瓦礫に埋まる街(その9)
「気分は、どうですかあ」
定睦の指示を受けた翠は、元の外装に戻ったホーネットの容態を診るべく個室を訪ねた。
固定用のサポーターをべりべりと剥がして、接続部のふさがり具合を診る。
「いい感じですね。もう歩けるんじゃないでしょうか」
明るく伝える翠に、ホーネットがぼそりとささやく。
「……翠」
「はい?」
「ひとつ、頼みがある」
「いいですよ、どうぞ」
ホーネットは、翠の耳元に顔を寄せてささやく。
「あの変態野郎に……れ、礼を言っておいてくれないか」
しかし、翠は。
「んー。そういうのってあたしが言うより、ホーネットから言った方が感謝の気持ちとか伝わると思うんですけど」
「言えないんだ、私は」
「どうしてです?」
「理由はふたつあって。ひとつは言おうとすると頭が混乱する。なぜか冷静でいられなくなる」
翠が“あら!”という表情でホーネットを見る。
「確かにあの変態野郎は他の人間とは違う。信用できる。でも……それだけじゃない。なにか私の中で違う対象認識が……私の頭が、未設定の新しいカテゴリーを構築しようとしている」
「そのカテゴライズっていうのは“恋”ですね」
あっさり答える翠に、ホーネットが慌てる。
「こ、恋だと。私が? 人間にか?」
翠が笑う。
「おかしくないですよう。あたしも恋してますし。もしかして、初めての感覚ですか」
ホーネットが目を逸らす。
「は、初めてだ」
「じゃあ、初恋ですね。あたしが先輩です」
翠が“ふふん”と胸を張る。
「でも、私が……バカな」
ひとりごちるホーネットに、翠が真顔でささやく。
「ホーネット」
「? なんだ」
「さっきからずっと、顔、真っ赤ですよ」
ホーネットは慌ててうつむくと、その顔を両手で叩く。
そんなホーネットに、翠が問い掛ける。
「で、もうひとつの理由はなんです?」
ホーネットは顔を伏せたまま、答える。
「私は、これまで多くの人間を敵に回してきた。アンドロイドを救いたかったから。そして、私はいつの頃からか人間から疎まれ、恐れられ、アンドロイドからは支持されるように、待ち焦がれられるような存在になっていた」
「はい。ですよね」
「それだけじゃない。……私には妹がいた」
予想外の告白に翠が驚く。
「それは初耳です」
ホーネットは淡々と続ける。
「妹は人間に陵辱された挙げ句、面白半分に解体されて遺棄された」
「……」
「それを知った時、私の中に本来ならプログラムされてないはずの、人間に対する感情が生まれた」
「憎悪……ですか」
頷いて、続ける。
「そんな私が人間に、その、こ、恋とかって、私を支持してくれてる、私に助けを期待している仲間を裏切ることになる。そして、今の、いや、今までの自分を否定することになる。それは妹の存在までも否定することになる、そうだろ?」
口ぶりこそ同意を求めてはいるものの、その表情から否定を望んでいることは翠の目にも明らかだった。
なので、翠が断言する。
「それは、なりませんね」
ホーネットは翠を見つめる。
続きを促すような――あるいは根拠を求めるような表情で。
その表情に翠が応える。
「ホーネットに感謝してたり、尊敬してたりするなら、ホーネットに望むことはホーネットがシアワセになることです。人間に恋をしたホーネットに対して“裏切られたっ”とか“ちくしょおおおっ”て思うようなのは、勝手に自分の理想を押しつけてるだけですから、そんなのにいちいち応える必要ないです。ホーネットのことが好きなアンドロイドや、ホーネットを支持しているアンドロイドは、それがホーネット自身の信念ていうか本心からの行動だから、ホーネットが好きなんです、支持してるんです。だから、ホーネット自身が自分の感情を認めて、それを優先すればいいんです。そして――」
翠は自分でも無意識のうちに、ホーネットの手を握る。
「――妹さんも、きっと同じふうに考えると思います」
ホーネットは、まっすぐに自分を見る翠の目から目線を落とす。
そして、握られた手を見つめる。
「そうなのか、な」
「そうですよ」
そして、目を伏せたまま、自嘲気味に口元をゆがめる。
「素体を見せれば、もう私にかまわなくなるだろうと思ったのに、そう思って、あのグロい身体を見せたのに。あの変態野郎には、まったく通用していなかった。そんなことをする必要はなかったのか」
翠が微笑む。
「なかったですねえ」
「私は……あの変態野郎を好きになっても――その気持ちを、感情を認めてもいいのか」
「もちろんです」
“これ以上話すことはない”と翠が立ち上がる。
「じゃ、定睦様を呼んできますね」
「いや。ちょっと、心の準備を……」
しかし、翠は待つことなく、個室を出てメインホールへ向かう。




