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『神話殺しの罠使い』攻撃力ゼロの不遇職ですが、物理法則と化学反応でハメ殺す

作者: じょな

VRMMO世界一位の廃人が転生したのは、不遇職「罠使い」でした。


・真正面からは戦わない

・物理法則と化学反応でハメ殺す

・相棒の落ちぶれ騎士を、勝手に英雄に仕立て上げる

・自分は安全圏で高みの見物


「戦いは、始まる前に終わっている」

そんな性格の悪い主人公が、神代の世界を裏から支配していく英雄譚(?)です。

さらに評判が良ければ連作として書こうかなと思ってます。 

0. ログアウト不可


視界の隅で、赤いデジタル時計がカウントダウンを刻んでいる。


23:59:50。


あと十秒。


俺は愛用の玉座に深く腰掛け、眼下に広がる煌びやかな王都を見下ろしていた。

クリスタルで作られた窓ガラスに、自分のアバターが映り込んでいる。

黒衣に身を包んだ、最強の魔法使い。それが俺の姿だった。


VRMMO『ファンタズマ・オデッセイ』。


総プレイヤー数一億人。

剣と魔法、そして神話級の難易度を誇るこの仮想世界で、俺は頂点に立った。

ソロ討伐達成率100%。全クエストコンプリート。

公式掲示板で「世界を知り尽くした男」なんて二つ名で呼ばれることも、今では悪い気はしない。


だが、それも今日で終わりだ。


運営のサービス終了に伴い、この世界は電子の海へと還る。

青春の全てを費やした場所が、ただのデータゴミになる瞬間だ。


5、4、3……。


「楽しかったぜ。俺の人生そのものだった」


俺はグラスを掲げ、虚空に乾杯した。

琥珀色の液体が揺れる。

これが味のしないデータだと知っていても、俺にとっては最高級の酒だった。


意識がブラックアウトする。


ヘッドセットの接続が切れ、あの重たいヘルメットを外す感覚が来るはずだった。

いつもの狭いワンルームマンションの天井。

回る換気扇。

コンビニ弁当の空き箱。

そんな現実が、俺を待っているはずだった。


00:00:00。


ゼロになっても、視界が晴れなかった。

代わりに、強烈な腐臭と熱気が、全身の毛穴から侵入してきた。


1. 泥沼のスタート地点


「……ッ、げほッ! なんだ、この臭いは」


俺は激しい咳き込みと共に目を覚ました。

肺が焼けつくようだ。

酸素が薄いのか、あるいは空気に毒が含まれているのか。


背中に感じるのは、フローリングの硬さではない。

湿って温かい、泥の感触だ。

指先にヌルリとした不快な液体が絡みつく。


目を開ける。


そこは、荒涼とした岩肌が続く巨大な渓谷だった。

視界の限り、緑がない。

あるのは赤茶けた岩と、黒ずんだ土だけ。


空は鉛色に淀み、遠くの山脈からは不気味な赤黒い噴煙が上がっている。

硫黄の臭い。焦げた肉の臭い。

そして、肌がビリビリと痺れるような、濃密すぎるマナの気配。


「まさか……」


俺は震える手で、空中に指を走らせた。

慣れ親しんだ動作。

何万回と繰り返した、メニュー画面を開くジェスチャー。


すると、期待通りに、しかし予想外の半透明ウィンドウが展開された。


【Name: ソーマ】

【Level: 1】

【Job: 罠使い】


「は……?」


俺の声が裏返った。


レベル1はいい。転生だか転移だか知らないが、リセットは覚悟の上だ。

だが、ジョブだ。


「罠使いだと……?」


このゲームにおける最弱にして、最大の不遇職。

剣も装備できず、攻撃魔法も覚えられない。

できることといえば、スコップで穴を掘ることと、ワイヤーを張ること、そして簡単な工作のみ。


敵のHPを削る手段が「スリップダメージ」と「落下ダメージ」しかない、苦行専用のジョブだ。

俺が極めた最強の魔法使いのデータはどこへ行った?


「勇者でも大賢者でもなく、これかよ」


俺は膝から崩れ落ちそうになった。

泥水がズボンに染みてくる。

だが、絶望に沈む俺の視界に、ある情報が入ってきた。


ウィンドウの端に表示された、現在地情報。


【エリア:出雲渓谷】


「出雲……?」


俺の脳内で、膨大なゲーム知識と、前世で読んだ神話の知識がリンクする。

ここは神話の時代。

そして出雲といえば、あの怪物のテリトリーだ。


ズズズ……。


遠くで地響きがした。

山脈そのものが動いているような、巨大な質量感。

空気が振動し、鳥たちが一斉に飛び立っていく。


俺はニヤリと笑った。

頬の筋肉が引きつるのがわかる。

これは恐怖じゃない。武者震いだ。


最弱職? 関係ない。

相手が「神話」になぞらえた存在なら、そこには必ず「攻略法」がある。

物理法則も、化学反応も、この世界には存在しているはずだ。

なら、やりようはある。


俺は泥を払い、立ち上がった。

まずは、手駒を探さなきゃならない。

この不遇職で生き残るための、最強の「盾」を。


2. 英雄の成れの果て


渓谷を歩くこと一時間。

俺は、断崖にへばりつくように存在する小さな集落にたどり着いた。


人の気配がない。

家々の窓は閉ざされ、荷車が打ち捨てられている。

逃げ遅れた鶏が、不安そうに鳴いているだけだ。

まるでゴーストタウンだが、生活感はまだ残っている。

ついさっきまで人がいた証拠だ。


広場の中央、崩れかけた石造りの噴水に、その男はいた。


巨体だ。

身長は二メートル近いだろうか。

筋肉の鎧を纏ったような肉体。

錆びついたフルプレートメイルに、伸び放題の髭。


男は自分の身長ほどもある巨大な大剣を枕にして、酒樽を抱えて泥酔していた。

酒臭い。

半径十メートル以内に近づくだけで、鼻が曲がりそうなほどのアルコール臭だ。


「……おい、そこの冒険者。酒を持ってないなら消えろ。俺は忙しいんだ」


男は俺を一瞥もしない。

濁った瞳は、虚空を見つめている。


その視線の先には、白い祭服を着た少女が一人、祭壇の前で震えながら祈りを捧げていた。

栗色の髪が風に揺れている。

彼女の背中からは、隠しきれない死への恐怖が滲み出ていた。


俺は男の頭上に表示されたNPC名を見た。


【ガレオス】


俺の記憶が正しければ、彼は後の世で「剣聖」として銅像が建つほどの英雄だ。

竜を斬り、国を救い、王となる男。

だが、目の前にいるのは、ただの薄汚れたアル中だった。


「忙しい? 違うな。アンタは怯えているだけだ」


俺の言葉に、ガレオスの肩がピクリと反応した。

酒樽を持つ手に力が入り、木材がミシミシと音を立てる。


「……なんだと?」


「今夜現れる八つの首を持つ竜……ヒュドラ。昨夜アンタは挑み、そして敗れた。アンタの大剣ですら、奴の金剛の鱗には傷一つつけられなかったからな」


ドォン!


ガレオスが酒樽を握りつぶし、中身を撒き散らしながら立ち上がった。

凄まじい殺気だ。

肌が切れるようなプレッシャー。

ふらつく足取りだが、その覇気は腐っても英雄だ。


「貴様……どこでそれを見た? 昨夜の戦いを見ていたのか?」


ガレオスが俺の胸倉を掴み上げる。

足が宙に浮く。

酒と吐瀉物の臭いが、俺の顔面に吹き付けられる。


「見てないさ。だが知っている。奴の鱗は『物理無効』だ。真正面からやり合えば、アンタが百人いても勝てない」


ガレオスはハッとして、俺から手を離した。

俺は地面に着地し、咳き込みながら襟を直す。


ガレオスは悔しげに顔を歪め、大剣の柄を握りしめた。

指の関節が白くなるほどに。


「だったらどうしろと言うんだ! あの娘……セリアを見殺しにして逃げろと言うのか! 俺の剣が通じないんだぞ! 何度斬っても、刃が弾かれる絶望がお前にわかるか!」


大男の目から、涙がこぼれ落ちた。

自分の無力さに打ちひしがれる、敗北者の涙だ。


「逃げる必要はない。殺せばいい」


俺は淡々と言った。

ポケットから、初期装備である「ただのスコップ」と「ワイヤー」を取り出す。


「俺が盤面を作る。アンタは俺の言う通りに剣を振れ。そうすれば、あの化け物はただの肉塊になる」


ガレオスは俺の手にある粗末な道具を見て、呆れたように笑った。


「罠使い……? そんな子供騙しで、神話級の怪物が殺せるか! 奴は神に近い存在なんだぞ!」


「殺せるさ。物理法則は、神様よりも偉大なんでな」


俺はガレオスの目を真っ直ぐに見据えた。

怯えも、迷いもない、確信に満ちた目で。


「選べよ英雄。ここで酒に溺れて少女が食われるのを見るか、俺の駒になって神殺しを成し遂げるか」


ガレオスはしばらく俺を睨みつけていたが、やがて大きく息を吐き、大剣を地面に突き立てた。


「……いいだろう。どうせ死ぬ命だ。その狂った賭けに乗ってやる」


3. 泥と硝子の準備


俺はガレオスを怒鳴りつけ、強制的に手伝わせた。

時刻は正午。日没まであと六時間しかない。


「おい、何をしている! 逃げる準備か!?」


俺が広場の古井戸に潜り込むと、上でガレオスが叫んだ。


「逃げる? 違うな。掃除だよ」


俺は井戸の底、ヘドロの中に手を突っ込んでいた。

冷たく、ヌルリとした感触が指にまとわりつく。

腐った水と泥の臭いが充満する閉鎖空間。


罠使いのスキル「地形把握」が、地下の水脈図を青いラインで視覚化してくれる。

壁の向こう側、わずか数メートル先に、激流のような地下水脈が走っているのが見える。


(やっぱりだ。ここ、詰まってやがる)


長年使われていなかったせいで、地下水脈への取水口が土砂で埋まっている。

俺はスコップを振るい、慎重に土砂を掻き出した。

全身が泥まみれになる。

爪の間に砂利が入る痛みを無視して、俺は掘り進めた。


ただ掘るのではない。

水圧がかかった瞬間に噴出するよう、微妙な角度で「栓」となる岩盤を残す。

爆弾処理のような繊細な作業だ。

一度でも叩く場所を間違えれば、水圧で俺が潰される。


「よし、開通だ」


俺は泥だらけになって井戸から這い上がった。

太陽が眩しい。

ガレオスが不審そうな目で俺を見ている。


「次は、高所作業だ。手伝え、デカブツ」


俺は民家の屋根を飛び移り、村中から「窓ガラス」を集めて回った。

この世界のガラスは質が悪い。

表面が波打っていて、厚みも不均一だ。

だが、それがいい。


「アンタこそ、そのナマクラを研がなくていいのか?」


屋根の上から声をかけると、ガレオスが青ざめた顔で見上げてきた。


「……勝てるわけがない。奴の緋色の鱗は、魔法も物理も通さない完全耐性だ。昨晩、俺の全力の一撃ですら傷一つつかなかったんだぞ!」


「だろうな。正面からやり合えば、俺たちなんて三秒でミンチだ」


俺は屋根の縁に、ガラス板を突き刺していく。

太陽の位置、月の軌道、そして奴の予想身長。すべてを計算し、角度を調整する。

一ミリのズレも許されない。

俺の脳内で、光の反射角を示すラインが幾重にも交差する。


「な、何をしているんだ……」


「日向ぼっこの準備さ」


最後に、村の酒蔵だ。

巨大なオーク樽を八つ、運び出す。

中身はドワーフ特製の火酒。アルコール度数は九十度近い。


ガレオスの目が、すがるような光を帯びた。


「そ、そうか! 酒か! 奴に酒を飲ませて酔わせる作戦か! 古い伝承にある竜殺しの手法だな!」


俺は鼻で笑った。


「ハッ、まさか。相手は神話級の怪物だぞ? そんなおとぎ話が通じるなら、人類は滅びちゃいない」


俺は懐から、森で採取してきた「松脂」を取り出し、酒樽の中にぶち込んだ。

さらに、揮発性を高めるための油を混ぜる。

強烈な刺激臭が鼻を突く。

これはもう酒じゃない。液体爆弾だ。


「これはただの重しだ」


「重し……?」


俺は八つの酒樽を、広場の中心ではなく、広場を取り囲む八本の柱の上にロープで吊るした。

滑車を使い、ワイヤーで固定する。

二百キロ近い樽を引き上げる作業は、ガレオスの怪力なしでは不可能だった。


不安定に揺れる樽を見上げ、ガレオスが口を開け閉めしている。


「いいかガレオス。アンタの役目は一つだ。奴が来たら、広場の真ん中で棒立ちしてろ」


「なっ、囮になれと言うのか!」


「そうだ。ただし、絶対に剣を抜くな。抜いたら作戦は失敗、俺たちは全滅だ」


「ふざけるな! 目の前に怪物がいて、剣を抜かずに立っていられるか!」


ガレオスが俺に掴みかかろうとする。

俺はその手を払いのけ、冷徹に告げた。


「抜いたら死ぬぞ。アンタも、あの娘もだ。俺の合図があるまで、呼吸すら殺せ」


俺の剣幕に押され、ガレオスは唇を噛んで引き下がった。


俺は最後に、広場の石畳の隙間に一本の細い鉄杭を打ち込んだ。

ハンマーで叩くたび、乾いた音が渓谷に響く。

この杭の位置が、全ての罠の終着点になる。


チェックメイトだ。


俺はニヤリと笑った。盤面は整った。

手のひらのマメが潰れ、血が滲んでいる。だが、心地よい痛みだ。

生きている実感がある。


4. 質量を持った殺意


夜が来た。

太陽が山脈の向こうに沈むと同時に、空気が変わった。


大気が震えた。地響きではない。大気そのものが質量を持った殺意に怯えている。


ズズズ……と岩を削る音と共に、八つの首を持つ巨竜ヒュドラが現れる。


デカい。

ゲーム画面で見ていた時とは、迫力が違う。

全長は優に五十メートルを超える。

八つの顎からは腐食性の唾液が滴り、地面に落ちるたびにジュッという音と共に岩が溶ける。


その熱気だけで、髪の毛がチリチリと焦げそうだ。


広場の中央、ガレオスが膝をガクガクと震わせながら立っている。

大剣を持つ手が白くなるほど強く握りしめられている。

全身から冷や汗が吹き出し、鎧の中で滴っているのがわかる。

逃げ出さないだけ、大したものだ。


俺は崩れた石壁の陰、安全圏に潜み、指先に巻いた極細のワイヤーに触れた。

このワイヤーは、広場全体に張り巡らされた「死の神経」だ。


「グルルル……供物は……貴様らカ……」


八つの首が一斉にガレオスを捉える。

赤い眼光だけで、心臓が握り潰されそうな重圧。


「死ネェェェッ!!」


ヒュドラの喉元が赤く発光した。ブレスの予備動作。

高圧縮された熱線が、ガレオスの身体を蒸発させようとする。


ガレオスが反射的に剣の柄に手を伸ばす。

恐怖に耐えきれず、防御姿勢を取ろうとしたのだ。

戦士の本能が、生存のために剣を求めてしまった。


「動くなッ!」


俺の鋭い声が、夜の闇を切り裂いた。

ガレオスの体が硬直する。

俺への恐怖か、あるいは信頼か。彼は動きを止めた。


ヒュドラの口が開かれ、致死の熱線が放たれる寸前。

俺は一本目のワイヤーを引いた。


指先に食い込む感触。

重い質量が解き放たれる手応え。


5. 連鎖するドミノ


バキッ。


乾いた音が響き、滑車の留め具が外れた。

頭上に吊るされていた八つの酒樽が、重力に従って落下する。


計算通り、ヒュドラの頭上直撃コース。

衝撃で樽の底が抜け、中身が豪雨のように降り注ぐ。


「グォッ!? 酒カ……?」


ヒュドラの全身が粘着質な液体で濡れそぼる。

松脂を含んだ高濃度アルコールが、緋色の鱗にネットリと絡みつく。

強烈な臭気が広場に充満した。

酒臭さで目が痛くなるほどだ。


ガレオスが悲鳴に近い声で叫んだ。


「今だソーマ! 火を放て! 酔わせないなら、燃やすんだろ!?」


「バカ言え。完全耐性の竜が、キャンプファイヤー程度で死ぬかよ。火を使うのは最後だ」


俺は冷めた目で、次のワイヤーを弾いた。

カキン、という硬質な音が鳴り、屋根に設置したガラス板のカバーが外れた。


「ヒュドラ、お前は賢い。だからこそ、自分の力が一番怖いことを知っているはずだ」


ガラス板が反射したのは月光ではない。

ヒュドラ自身が放とうとしていた熱線ブレスの予備光だ。


八つの首、八つの光源。

それらが四方八方に設置された歪なガラスによって複雑に乱反射する。


カッ!!


広場が真昼のように明るくなった。

強烈な閃光が、ヒュドラの十六の眼球を焼く。


「ヌッ!?」


八つの首が同時にのけ反った。

多頭生物特有の欠陥。視界が多すぎて、光情報の処理が追いつかない。

脳がパンクし、パニック状態に陥る。


混乱したヒュドラは、苛立ちから太い尻尾を滅茶苦茶に振り回した。


ドガァァン!


広場の石畳が砕け散り、土煙が舞う。

ガレオスが顔を覆うが、俺は口角を吊り上げた。

そこだ。そこに尻尾を叩きつけてほしかった。

俺が昼間、井戸の底で仕込んだ「蓋」の真上だ。


「サンキュー、耕してくれて。おかげで地下水脈への道が開いた」


俺は三本目のワイヤーを切った。

ワイヤーの先にあるのは、井戸の底に残した最後の留め具。


地下水脈の蓋になっていた岩盤が、ヒュドラの攻撃で脆くなっていたところに、上から落下した酒樽の重い木枠が追撃を入れる。


限界を超えた水圧が、出口を求めて炸裂した。


プシュアアアアアアッ!!


広場の地面が割れ、凄まじい勢いで地下水が噴き出した。

まるで間欠泉だ。

地底深くを流れていた、氷点下に近いキンキンに冷えた地下水が、酒で濡れたヒュドラの全身を直撃する。


「ギャアッ!? 冷タイッ!!」


巨体が白煙に包まれる。

酒と水が混ざり合い、気化熱でさらに温度が下がる。

ここからが、物理学の授業だ。


6. 物理法則という名の神殺し


「な、何をすればいい!?」


水浸しになったガレオスが叫ぶ。

状況についていけず、混乱の極致にあるようだ。


「奴の鱗を見ろ! 今ならガラスみたいに脆いぞ!」


物理無効のカラクリ。それはダイヤモンド以上に強固な分子結合を持つ鱗だ。

だが、物質には法則がある。


さっきまでブレスの予備動作で数千度に加熱されていた鱗に、氷点下に近い地下水をぶっかけたんだ。

数千度の温度差が、一瞬で発生する。


急激な温度変化。熱衝撃破壊。


パキ……パキパキパキッ!!


静まり返った夜に、陶器が割れるような音が響き渡る。

無敵を誇った緋色の鱗に、無数の亀裂が走っていた。

強固であればあるほど、温度差による膨張と収縮には耐えられない。


「ガ……ァ……!?」


ヒュドラが悲鳴を上げる。

自分の最強の鎧が、ボロボロと剥がれ落ちていく恐怖。

痛みよりも、無敵の喪失が奴を恐れさせている。


「斬れぇぇぇッ!!」


俺の指示と同時に、ガレオスの喉から獣のような咆哮がほとばしる。


「おおおおおおッ!!」


ガレオスの筋肉が膨張する。

恐怖が怒りに、そして戦意に変わる。

大剣が一閃。銀色の軌跡を描く。


昨晩は鋼鉄に弾かれるような音を立てた刃が、今度は薄氷を砕くように吸い込まれた。


ズバァァン!


鮮血が舞う。

一本目の首が、ボロ切れのように宙を舞った。


「斬れた……斬れたぞッ!!」


ガレオスの目に狂気が宿る。剣が通る。殺せる。

その実感が、彼を全盛期の英雄へと引き戻す。


ザンッ! ザンッ!


二本、三本。次々と首が飛ぶ。

肉を断つ感触。骨を砕く音。

返り血を浴びながら、ガレオスは踊るように剣を振るう。


だが、俺の罠はこれで終わりじゃない。まだ詰んでいない。

ヒュドラの真の恐ろしさは、防御力じゃない。再生力だ。


7. 体内からの処刑


「だ、ダメだソーマ! 再生する! きりがない!」


八本すべての首を落としたガレオスが絶望の声を上げた。

切断面から、ボコボコと肉が泡立ち、急速に盛り上がっている。

数秒で元通りになるペースだ。


「神話級だぞ!? 首を落としたくらいで死ぬか!」


ガレオスが後ずさる。

再び絶望が彼を支配しようとしていた。


だが、俺はポケットに手を入れたまま、退屈そうに呟いた。


「知ってるよ。だから漬けたんだ」


「さっき浴びせた酒樽の中身……ただの酒だと思ったか?」


ヒュドラの足元、水たまりになった液体。

それは水と酒、そして松脂の混合液だ。

ヒュドラは激しい呼吸と共に、気化した高濃度アルコールと松脂の微粒子を、肺の奥深くまで吸い込んでいる。

さらに、再生のために大きく開いた傷口からも、揮発成分が入り込んでいる。


今、奴の体の中は、可燃性ガスで満タンだ。


そして、最初に俺が地面に打ち込んだ一本の鉄杭。

あれはただの杭じゃない。避雷針だ。


「再生しようとして、体内の魔力を活性化させたな? それがトリガーだ」


ヒュドラの再生エネルギーが、周囲の松脂を含んだ空気に帯電する。

パチパチと青白い火花が散る。

電気は抵抗の低い場所へ流れる。つまり、避雷針代わりの杭へと一気に収束する。


バチィィィッ!!


静電気着火。

ただし、燃えるのは外側じゃない。


ドォォォォォォン!!!!


体内爆破。


鈍く、重い音が、ヒュドラの内側から響いた。

内臓という内臓が、衝撃波でミンチになる。

再生しようとした細胞そのものが、内側から消し飛んだ。

八つの首すべてが風船のように破裂し、再生核ごと粉砕される。


肉片が雨のように降り注ぐ。

再生の光が消え、ただの黒い炭となった巨体が、ゆっくりと崩れ落ちた。


「ギ、ギギ……バ、カ……ナ……」


断末魔すら上げられず、神話の怪物は沈黙した。


8. 罠使いの報酬


静寂が戻った広場。

焦げた肉の匂いと、アルコールの甘い匂いが混ざり合っている。


ガレオスは呆然と立ち尽くし、炭化した巨体を見下ろしていた。

大剣が手から滑り落ち、カランと音を立てる。


「……勝った? 俺の剣で、再生もさせずに?」


俺は物陰から出てきて、パンパンと服の埃を払った。


「アンタの剣撃で鱗を割ったから、気化ガスが体内に入ったんだ。アンタの手柄だよ」


ガレオスは戦慄した目で俺を見た。

英雄を見る目ではない。理解不能な怪物を見る目だ。


「お前……いつから計算していた? 酒樽の位置、ガラスの反射、地下水脈、そして最後の爆発……」


「この村に着いて、アンタと会った瞬間からだ」


俺は地面に突き刺さったままの杭を引き抜いた。

先端は高熱で溶けている。使い捨てだが、十分な仕事をした。


「俺は罠使いだ。戦いは、始まる前に終わらせるのが仕事なんでな」


俺はヒュドラの残骸に近づいた。

炭化した尾の中に、キラリと光るものがある。

伝説のドロップアイテムだ。


俺は熱さを無視して手を突っ込み、それを引きずり出した。

透き通るような刀身を持つ魔剣『ストーム・ブリンガー』。

この世界で唯一、神を殺せる武器。


俺はそれを無造作に放り投げた。


「ほらよ。それが報酬だ」


ガレオスは慌てて受け取る。

魔剣が彼の手に馴染み、風を纏って共鳴した。


「……いいのか? これはお前が手に入れたものだ」


「俺は罠使いだ。剣なんて装備できないし、振るうのも面倒だ。それに、俺にはもっといい報酬がある」


俺は空中にウィンドウを開いた。

ガレオスには見えない、俺だけの勝利画面。


【討伐対象:ヒュドラ】

【経験値:1,500,000 EXP】

【レベルアップ:Lv1 → Lv25】

【称号獲得:神殺しの共犯者】


膨大な経験値が流れ込んでくる。

身体が軽い。全盛期の感覚が少しずつ戻ってくる。

力が漲る。


「さあ、行こうぜガレオス。次の狩り場が俺たちを待ってる」


ガレオスは震える手で魔剣を背負い、俺の背中を見つめた。

ただの臆病な準備作業だと思っていた全てが、神を殺すための必殺の布石だった。

彼は無言で俺の後ろについた。

二度と逆らわないという、無言の誓い。


俺は歩き出しながら、口元を緩めた。


完璧な狩りだった。

だが、これはまだ序盤のチュートリアルに過ぎない。

この世界には、俺の設計図を待っている未開の土地が山ほどあるのだから。


最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!


第1章「八つの顎と、見えないドミノ」、いかがでしたでしょうか。

「チート能力なし」「物理法則と化学反応だけで神殺し」というコンセプトで、最強の裏方主人公を描いてみました。


これからソーマとガレオスは、因幡の白兎や国譲りといった神話イベントを、とんでもない「罠」と「策」で攻略していきます。

次章では、さらに大規模な「国盗り」の罠を仕掛ける予定ですので、ぜひお楽しみに!


【読者の皆様へのお願い】


もし、この物語を「少しでも面白い!」「続きが読みたい!」「罠でハメ殺すのが爽快だった!」と思っていただけましたら、


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