表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

第6話 『最後の往生際』

セキュリティ警告。不正アクセスを検知しました。 しかし、こちらの防御壁(オートロックのガラス扉)は鉄壁です。


安全圏から、最後の通告を行います。

その「不正アクセス」が発生したのは、週の半ば、水曜日の夜20時過ぎだった。


残業を終えて帰宅し、スーツを脱ごうとした矢先。

部屋のインターホンがけたたましく鳴り響いた。


モニターを覗く。

そこには、眉間に皺を寄せたゲンゾウ氏と、目を腫らしたミナが映っていた。


やはり来たか。


俺はため息をつくと、受話器を取らず、そのままエントランスへ降りていった。


もちろん、彼らを部屋に入れるつもりはない。

ロビーのオートロック、そのガラス扉一枚を隔てて対峙するためだ。


自動ドアの向こう側に俺の姿を見つけると、ミナがガラスに張り付くように駆け寄ってきた。


「ケイスケ! やっと会えた……!」


「何の用ですか」


俺はガラス越しに、冷ややかに告げた。解錠はしない。


後ろに控えていたゲンゾウ氏が、咳払いをして一歩前に出た。


「……まあ、なんだ。わざわざ来てやったぞ」


相変わらずの尊大な態度だ。

彼は腕を組み、どこか許してやるような口調で言った。


「あの日は俺も少し酒が入っていた。言い過ぎたかもしれん。お前が反省して戻ってくるなら、もう一度チャンスをやってもいい」


耳を疑うとはこのことだ。


手土産を捨て、罵倒し、さらに婚約破棄を突きつけられた後で、なぜ自分が「許す側」に立てると思っているのか。


「お義父さん……いえ、ゲンゾウさん」


俺はインターホン越しではなく、ガラス越しに肉声で届くよう、はっきりと声を張った。


「勘違いされているようですが、僕は謝罪を待っているわけでも、許しを請いたいわけでもありません」


「なんだと?」


「僕はあなたたちを『見切った(損切りした)』んです」


ゲンゾウ氏の目が点になる。理解が追いついていないようだ。

俺は視線をミナに移した。彼女は縋るような目で見つめ返してくる。


「ミナ。荷物は届いただろう? それが答えだ」


「やだ……やだよケイスケ! あんなの受け取れない! お父さんもこう言ってるじゃない! やり直そうよ、ねえ!」


ミナは泣き叫ぶ。

だが、その涙は「自分の平穏な日常」が壊れたことへの嘆きに過ぎない。


俺は淡々と、最後通告ラスト・メッセージを突きつけた。


「やり直す? 無理だよ。君はあの日、僕を守らなかった」


「えっ……」


「自分の父親が、僕の誠意をゴミ箱に捨てた時。君は僕に『謝れ』と言った。その瞬間、君は僕のパートナーではなく、父親の共犯者になったんだ」


ミナの顔から血の気が引いていく。

図星をつかれた人間特有の硬直だ。


「そしてゲンゾウさん。あなたにも言っておきます」


俺は再び、ガラスの向こうの暴君を見た。


「あなたは『娘をやる』と言っていましたが、大きな間違いだ」


俺は、SEとしてシステムの欠陥を指摘する時のように、冷徹な事実を並べた。


「あなたは、ご自慢の娘さんの商品価値を、あなた自身の手でゼロにしました」


「な、なにを……!」


「僕ほど我慢強くて、条件の良い男はもう二度と現れません。普通の男なら、手土産を捨てられた時点で警察を呼ぶか、その場で帰ります。僕はそれでも耐えようとした。でも、あなたはそれを自ら壊した」


ゲンゾウ氏の顔が朱色に染まっていく。

だが、俺は止まらない。


「この先、ミナに近づく男がいたとしても、あなたの存在を知れば全員逃げ出します。あなたが変わらない限り、娘さんは一生結婚できない」


そして、俺はトドメの一撃を放った。


「ミナ。君が選んだのは、僕との未来じゃなくて、『お父さんの機嫌』だ。だから、望み通りにしてあげるよ」


「ち、ちが……私は……」


「一生、その立派なお父さんの介護をして暮らしてください。君たちにはそれがお似合いだ」


ミナがその場に崩れ落ちた。


ゲンゾウ氏は口をパクパクと動かしているが、言葉が出てこない。

あまりの正論と、突きつけられた「孤独な老後」という現実に、反論のリソースが尽きたのだろう。


ガラスの壁一枚。

それが、俺と彼らを隔てる「常識」と「狂気」の境界線だった。


こちらの世界は、安全で、静かだ。


「二度と来ないでください。次は警察を呼びます」


俺は踵を返した。


背後からミナの絶叫と、ガラスを叩く音が聞こえたが、俺はエレベーターホールへと歩き出した。


もはや、振り返る必要すら感じなかった。

お読みいただきありがとうございます。


「娘の商品価値をゼロにしたのはあなただ」 「一生、父親の介護をして暮らせ」


この二つの言葉こそ、感情論で喚く彼らにとって最も残酷で、かつ逃れられない「真実ファクト」でした。 ガラス一枚隔てた向こう側で崩れ落ちる二人。これでもう、彼らが主人公の人生に関与することは二度とありません。


さて、いよいよ物語は完結です。


次回、最終話『さよならと、そして自由』 ノイズのなくなった部屋で飲む、最高に美味いビールの味。 そして主人公は、新たな未来ログインボーナスへと手を伸ばします。


【お願い】 ここまでの展開で「スカッとした!」「ざまぁみろ!」と思っていただけましたら、 今のうちにブックマークや、ページ下の【☆☆☆☆☆】から評価をいただけると嬉しいです。 (完結直前の今の応援が、ランキングに大きく響きます……!)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ