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第5話

翌朝。

軽い霧が村を包み、夜露が葉の先で光っていた。カインが広場へ向かって歩いていると、妙な視線を感じる。


(……なんだ?)


耳を澄ますと、小さな足音がぴょこぴょことついてくる。

振り返ると、獣人の子どもたちが五、六人、木の陰から顔だけ出してこちらを覗いていた。


「……なんだ、お前たち。」


声をかけた瞬間——


「出た!」「ほら、やっぱり本物だ!」「狼魔獣を倒したって人族のお兄ちゃん!」


わっと子どもたちが飛び出した。ふわふわの耳が揺れ、尻尾が一斉にぶんぶん動く。


「ちょ、ちょっと待て。まだ何も——」


「ねえ、本当に狼魔獣をやっつけたの?牙ってどれくらい大きかった!?」


「剣!見せて!剣持ってるんでしょ!?」


「ぼくも戦えるようになりたい!!」


カインは困ったように眉をひそめた。

昨日、リオルに頼まれて作業した物置小屋の材料集めの途中で見かけた子たちだ。


(……情報が回るの早いな、獣人の村は)


子どもたちの目は輝き、期待しか映していない。

完全に勇者を見る目である。


「お兄ちゃん、戦い方教えて!」


「お、俺も!」


「ねえってばー!」


肩や腕を掴まれ、カインは少しだけ気圧されながらも苦笑した。


「戦い方って……お前らまだ小さいだろ。剣なんて危ないぞ。」


「「だいじょうぶ!!」」


大丈夫じゃない、と心の中で返しつつ、カインは視線を落とした。


(ただ、興味を持つのは悪いことじゃない。危なくない範囲で、体の使い方くらいは教えてもいいか……)


そこへ、とてとてと軽い足音が聞こえた。


「カインさーん!……あれ?」


リィナだった。

彼女は子どもたちがカインに群がっているのを見て、小さく目を丸くした。


「みんな、どうしたの?」


「リィナ姉ちゃん、この人すっごいんだよ!狼魔獣を——」


「きのう聞いたよ。ちゃんと村のみんなを守ってくれたんだよね」


リィナは胸を張る子どもたちを優しく撫でると、カインを見上げた。


「カインさん、教えてあげるの?」


「……まあ、簡単な護身くらいならな。剣は駄目だが。」


「聞いた!? カインお兄ちゃんが教えてくれるって!!」


子どもたちは大喜びで広場の真ん中に集まり、円をつくった。


(完全に逃げ場を失ったな……)


カインは小さく息を吐き、土の上に足を置き直すと、手を叩いた。


「よし。じゃあ始めるぞ。まずは構え方からだ。」


「構えって、こう!? こう!?」


子どもたちはめいめいに腕を振り回す。

カインは苦笑しながら、その腕を優しく押し戻した。


「違う。戦いはな、動く前に“倒れないこと”が大事なんだ。」


子どもたちが首を傾げる。


「倒れない?」


「そうだ。どんなに強くても、足がぐらついてたら意味がない。だから——」


カインは片足を半歩引き、重心を低く落とす構えを見せた。


「まずは地面を“掴む”つもりで立て。足で地面を押すんじゃなく、逆に引っ張るんだ」


子どもたちはおそるおそる真似をする。


「こんな感じ……?」


「うん、悪くない。次は腕だ。腕は力を入れるんじゃなくて、相手の動きを“感じる”ために使う」


「感じる……?」


カインは近くの男の子の手を取り、軽く押す。


「ほら、押されたときに、どう力が来るか分かるだろ」


「わ、分かる!」


「その方向に受け流すのが護身の基本だ。押し返すなよ。返したらぶつかる。流せば相手は勝手に倒れる」


子どもたちは目を輝かせながら聞いている。


(……真剣だな。これならちゃんと教える気にもなる)


ふと視線を向けると、リィナがなぜか子どもたちの列の後ろで、こっそり同じ構えを取っていた。


(おい……)


「……リィナ、お前まで何してるんだ」


「い、いいじゃないですか。護身、知っておいたほうが役に立ちますし……」


耳がぺたんと伏せられ、気まずそうに笑う。

だが本気で学ぶ気らしい。カインは肩をすくめた。


「まあ、いいけどな。無茶するなよ」


「しません!」


リィナは胸を張ったが、その構えは子どもたちよりぎこちなかった。


「リィナ、それだと前に転ぶぞ。ほら、足はこうだ」


カインが後ろから腰を押して姿勢を直すと、リィナはびくっと体を固めた。


「ひゃ、ひゃいっ……」


(何でそんな反応になるんだ……?)


一方、子どもたちは「リィナ姉ちゃん真っ赤!」「カインさん怖い!?」と好き放題だ。


「怖くない!!」

「怖くねえよ!!」


二人が同時に反論し、子どもたちは大爆笑した。


その後1時間ほど、カインは護身術の基本をいくつか教えた。

力で押し返すのではなく重心移動で相手を流す動き。

腕ではなく体幹で受けるコツ。

獣人の俊敏さを活かしたステップ。


どれも子どもにもできる、しかし本物の“戦い方”の基礎だった。


「ふー……みんな、今日はここまでだ」


「えー!もっと教えてよ!」


「また明日もやって!」


子どもたちは尻尾をぶんぶん振りながら叫んだ。


「毎日はできないが……暇なときなら、いいぞ」


「やったああああ!!」


一斉に走り出していく小さな背中を見送りながら、カインは思わず笑った。


(英雄扱いは性に合わんが……悪くないな、こういうのも)


隣でリィナも、子どもたちの後ろ姿を嬉しそうに見つめていた。


「カインさん、みんなすっごく喜んでました。きっと村も安心しますよ」


「そうか?」


「そうですよ。……私も勉強になりますし」


リィナは少し照れたように笑った。

その表情に、獣人族らしい耳と尻尾がふわりと揺れている。


カインはその様子を横目に、心の中でつぶやいた。


(……さて。次は何を教えるかね)

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