第4話
翌朝。
村長リオルからもらった種を植えた畑は、まだ土の色が生々しく、生命の気配はない。
だが、昨日の狼魔獣との戦いでカインは村の信頼を得た。
今日はその延長として「文化交流の日」を設けたい、と村長に言われ呼ばれていた。
「カイン、人族の生活の知恵を村に教えてくれんかね。」
人族よりも嗅覚がよい獣人族には焚火の煙は嫌われているらしく、村長の家は風通しの良い高床式。
カインは床に座り、薄く笑った。
「俺に教えられることならいくらでもある。戦場では保存食も作っていたし、簡単な家なら建てられるからな。」
「保存食……?」
隣にいたリィナが耳をぴくりと上げた。
「塩を使うこと以外でお肉は、保存できるのですか?」
「そう。人族のやり方では、火を使った燻製があるんだ」
村長の目がきらりと光る。
「それはありがたい。冬は毛並みが冷えるから肉の備蓄が必要なんだよ」
こうして、村の広場でカインの“人族式保存食講座”が始まった。
「村長、火打石はあるか?」
「火打石を使うのですか?持ってこさせよ」
カインは火打石が来るまで、近くの小枝を集めて即席の焚火台を作った。
「どうぞ。火打石です。」
「ありがとう。」
カチッ、カチン――パチッ。
カインは火打石を擦り合わせ、火花を飛ばす。
小枝に炎がつくと、慎重に薪を追加して火を育てた。
乾いた火花が小枝に落ち、ほんのりと橙の光が広がった。
「火はこうやって小さく育てるのがコツ。煙を少なくすることで、獣人族も安心できる」
火が安定してくると、カインは肉の塊と塩、そして村で採れた薬草を広げた。
「まずは肉を薄く切る。塩と香草をまんべんなく揉み込む。」
「香草……匂いが強くなるんじゃ?」
リィナが首をかしげる。
「人族では香草を使って匂いを整えるんだ。少し強めの匂いなら保存に有利になる」
カインは肉を棒に刺し、焚火の上に吊るした。
煙がゆらゆらと揺れる中で、肉の表面がじわじわと乾き、香ばしい香りが漂った。
「これが燻製だ。火の熱と煙で表面を乾かすと、細菌の繁殖を防ぎ、数週間は保存できる」
リィナは鼻をひくひくさせながら、興味津々で肉を覗き込む。
「なるほど……火で保存するのですね。匂いも楽しめる」
「その通りだ」
カインは笑いながら、村人たちにも説明する。
「火を使えば食べ物を長持ちさせられる。寒い冬も、これで安心だ」
リオルはうんうんと頷き、嬉しそうに手を叩く。
「素晴らしい!これなら村の冬も乗り切れるな」
若い獣人たちも興味津々で、火の扱い方や肉の吊るし方を熱心に見学した。
「さて、次は何を教えてくれるんだい?」
リオルが期待を込めて尋ねる。
「次は、簡易の物置小屋でも建てるか。燻製や狩り道具を置く場所が必要だ」
「小屋を……建てるのか!」
周囲がざわつく。
「建て方も教える。材料は森にいくらでもあるだろ?」
カインは立ち上がり、手斧を肩に担いだ。
「リィナ、手伝ってくれ。」
「もちろん!木を運ぶのは得意です!」
リィナは元気よく森へ向かい、カインと共に木材を切り出し始めた。
獣人族の筋力と敏捷性は驚くほどで、リィナは木を運ぶ速度も正確で早い。
「すごいな……人族だけだと結構時間かかるのに、助かるよ。」
「村の者として当然です。領主さんに教わるのも、私たちの勉強ですから。」
カインは手斧を振り、木材を適切な長さに切り揃えた。
その間にも村人たちが興味津々で作業を見守る。
「次は基礎作りだ。石と土でしっかり地面を固める。木材をただ置くだけじゃ、すぐ倒れるぞ。」
リオルは木を運ぶ手を止め、熱心に説明を聞いている。
若い獣人たちも小さな木片を使い、基礎作りの手伝いを始めた。
「ほら、こうやって木材を組むんだ。簡単な釘と縄でも十分だ。」
カインは縄を使って柱を結び、リィナがしっかり支える。
「人族の技術は面白いです。縄一本でも強度が変わるなんて。」
リィナは目を輝かせながら感心した様子で言った。
――数時間後――
簡易物置小屋が完成した。
壁も屋根もしっかりと組み上がり、燻製用の肉や狩猟道具を安全に置けるようになった。
「よし、これで冬支度も少しは楽になるな」
カインは満足そうに頷く。
「すごい……私たちもやればできるんですね」
リィナが喜びの声を上げると、周囲の獣人たちも拍手で称賛した。
「さて、次は獣人族の文化を教えてもらおうか」
カインはにやりと笑う。
「はい!それなら、狩りの方法や薬草の見分け方を教えて差し上げます」
リィナは目を輝かせながら答えた。
――森の中――
リィナは小さな魔物の足跡を指差し、説明する。
「こうやって匂いを嗅ぎ、足跡を読むとどの動物か分かるんです。」
「なるほど……確かに人族ではここまで鋭い嗅覚はないな。」
カインは感心しながら頭の中でメモを取る。
「次は狩りの基本。罠の設置と逃げ道の見極めだ」
リィナは木の枝と蔓を使い、簡単な罠を作る。
「こうして仕掛け、獲物が来る方向を読みます」
「なるほど……これは獣人ならではの技だな」
カインは実際に罠を動かしてみて、その精密さに驚いた。
「最後に、薬草の知識を教えます。森には怪我や病気を治す草が多いのです。」
リィナは葉や根を見せながら、それぞれの用途を説明する。
カインは熱心に聞き、時折質問をする。
「人族でも応用できそうだな……冬の保存食作りや怪我の手当にも使える。」
――夕方――
村に戻ると、若い獣人たちも加わり、今日一日の成果を見せ合った。
簡易小屋は完成し、火を使った保存食も香ばしい匂いを放つ。
そして、カインは獣人族の狩猟や薬草知識を少し習得し、文化交流は大成功に終わった。
リオルは満足そうに頷く。
「今日は本当に良い日だったな。村も少しずつ発展していきそうだ」
「これからもお互いの知恵を出し合えば、もっと生活が豊かになるだろう」
カインはリィナと笑顔を交わす。
こうして、カインは人族の技術を教え、獣人族の知識を学ぶ。
双方の文化が混ざり合う、穏やかで活気ある一日を過ごしたのだった。




