第13話
魔獣の襲撃から一夜明けた村は、まだ煙の匂いをわずかに残していたが、空気はどこか明るかった。
死者ゼロ。負傷者は数名で、いずれも軽傷。
――村にとって、これは奇跡に等しい結果だ。
村長は朝から慌ただしく村人を集め、広場の真ん中で深く頭を下げた。
「皆のおかげで、最悪の事態は免れた。特に……カイン、リィナ。村を救ってくれて、本当にありがとう」
村人たちが拍手を上げる。
リィナは照れたように笑ったが、カインは気恥ずかしそうに肩をすくめただけだった。
「俺はただ、できることをしただけです」
「できること、ってレベルじゃなかったけどなぁ……」
鍛冶屋のガルドが笑いながら肩を叩く。
「あの化け物の牙を、一瞬で叩き折るなんてよ。さすが騎士様だ」
「……元、ですよ」
そう返しながら、カインはわずかに視線を逸らした。
(あの一撃も、騎士の技量だけで説明できるものではない――)
周囲の村人たちも同じ疑念を抱いていた。
が、それを深く追及する空気はなかった。
村が救われたこと
それ以上の事実はない。
村長の提案で、急遽“戦勝パーティー”が開かれることになった。
存分に食べ、飲み、笑い、命があったことを喜ぶために。
やがて日が暮れると、広場には香ばしい匂いが満ち、樽酒の栓が開けられ、村のあちこちで笑い声が上がった。
カインは静かに一杯の酒を飲みながら、焚き火を眺めていた。
「カインさーん! こっち来て食べて! リィナも!」
子どもたちが手を振る。
リィナは笑って駆け寄り、皿を手に取った。
「ねぇカイン、ほんとにみんな助かってよかったね」
「そうだな」
「……でも」
リィナは言いにくそうにカインを見上げる。
「昨日、カインが魔獣を倒したとき……私、思ったの。
“これ、本当に元騎士の動きなの?”って」
「…………」
カインはしばし答えなかった。
焚き火のはぜる音だけが、二人の間に落ちる。
「村の人たちも、薄々は思ってるよ。
“どれほどの場所で、どんな戦いをしてきたんだ”って」
カインは目を伏せ、ゆっくりと息を吐いた。
「……いずれ話すよ。全部じゃなくても、話せる範囲でな」
「うん」
リィナはそれ以上追及しなかった。
ただ隣に座り、同じ火を見つめた。
「おーい! みんな聞いてくれ!」
鍛冶屋ガルドが酔った勢いで、カインの肩に腕を回した。
「この村はカインのおかげで救われたんだ! 俺たちの英雄だ!」
「英雄はやめてください。村の誰だって戦ったんだ」
「そうだ! 俺たち皆の勝利だ!」
歓声が上がる。
音楽が奏でられ、踊りが始まり、宴は最高潮に達しつつあった。
――しかしそのとき。
森のほうから、微かな風切り音がした。
カインの視線が僅かに鋭くなる。
(今の……足音? いや、呼吸……?)
異様なほど遠い距離から、微細な気配を感じ取っていた。
まるでそれが“普通の人間ではあり得ない感知能力”であると村人が知ったら、また別の疑念が生まれるほどに。
カインは静かに立ち上がった。
「カイン? どうかしたの?」
「少し……気になる気配がした」
宴の音にかき消されそうなほど小声で呟く。
――この平和が、そう長く続くとは限らない。
そう思わせる何かが、確かに森の奥で動いていた。
宴は夜遅くまで続いた。
笑い、歌い、喜ぶ人々の姿を見ながら、カインは心の奥で静かに決意する。
(この村を、守りたい。
たとえ……過去が俺を追ってきても)
焚き火が揺れ、影が伸びる。
カインの過去、そして“彼を追うもの”の影もまた、この夜、確かに近づいていた。




