表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女が仕掛ければ飛ぶように売れる  作者: 坂本光陽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/10

イースター


 カホは大々的に、新たなビジネスを展開することを宣言した。


 ショウと子供たちには〈ハッピー焼き〉の作り方を教えこみ、カホの作り上げた味を再現できるようにした。レシピやマニュアルというものを作成したので、これらは必然的に異世界で初めてのものになった。


 初めてのものは他にもあった。例えば、屋台である。〈ハッピー焼き〉を調理して、お客さんに食べさせるための屋台を三台、父につくってもらったのだ。もちろん、現世と同じような鉄板やヘラなどの調理器具をそろえた。


 城下町には、いくつかの飲み屋はあるものの、現世の食堂のような店は一軒もない。旅人が宿屋で食事をとる場合を除き、庶民は自宅で食事をとるのが当たり前になっている。その状況を打破するために、カホは屋台による展開を目論もくろんだのだ。


 とはいえ、商売には縄張りがある。新参者のカホが勝手に売り歩いていいものではない。そこで、まず、アニーに話をもっていった。〈ハッピー焼き〉の試食会に協力してくれたアニーは、全面的な協力を申し出てくれた。宿屋の食堂で、〈ハッピー焼き〉を売ることを認めてくれたのだ。


 もっとも、その好意に甘えてはならない。これは、ビジネスなのだ。もし、〈ハッピー焼き〉の人気が出ず、見込んだ売上がなかったなら、アニーにあっさり見限られると思う。だから、カホに失敗は許されない。


 カホたちの暮らす城下町では、春の訪れとともにイースターが開催される。現世のそれと同じく、キリストの復活祭だ。色とりどりの花が咲き乱れ、華やかなパレードが行われたり、若者たちがダンスを踊ったり、大人たちが酒をあおって騒いだりする。一年のうちで最もにぎやかなイベントである。


 これは〈ハッピー焼き〉をアピールするのに絶好の好機だった。このチャンスを逃す手はない。幸い、アニーが話を通してくれたので、カホは屋台を自由に配置することができる。新しい食べ物を大々的に売りだす準備が整った。


 カホは不安感と緊張感、ほんの少しの期待感とともに、イースターの初日を迎えた。無意識のうちにブレスレットを弄っていて、ふと気づいた。ブレスレットの素材である木の蔓が細くなり、千切れかかっている。これをミサンガと見なせば、千切れた時に願い事が叶う理屈である。


 ブレスレットに取り組んでいた時、カホの願い事は一つだけだった。可能性は低いことはわかっているが、できることなら現世に戻りたい。そう考えていたのだが、カホは今、願っていることは……。


 ブレスレットの時と同じく、〈ハッピー焼き〉のセールスポイントを書いた販売マニュアルを作成していたのだが、それは結局ムダに終わった。〈ハッピー焼き〉を売り始めると、買い手が次々とやってきたからだ。


 宣伝活動を一切していないのに、〈ハッピー焼き〉が飛ぶように売れた。新鮮な食材を使った〈ハッピー焼き〉の豊かな風味、マヨップの酸味と甘み、ワインとの相性の良さ。これらのセールスポイントは、説明などしなくても、すんなりと受け入れられた。


 何といっても、焼き立てというのが大きな売りだった。それまでにも屋台はあったが、冷え切ったパンや果物などにすぎなかった。その場で焼き上げて食べさせるイートイン形式など、誰も見たことがない。そう言った目新しさも、大いに作用したらしい。


〈ハッピー焼き〉は一口サイズに切り分けて、きれいに皿に盛りつけた。フォークではなく、短めの串を使って食べてもらう。皿が足りなくなった時には、機転を利かせて、〈ハッピー焼き〉のテイクアウトも行った。


 串に刺した〈ハッピー焼き〉を格安で販売したのだ。現世のイカ焼きや焼き鳥のような感じである。客は代金を払って持ち帰るだけなので、テーブルやイス、皿は使わない。おかげで、客の回転率がアップした。


 イースターは一週間続いたのだが、〈ハッピー焼き〉は大好評だった。安くて美味しい上に、やわらかくて食べやすい。子供から高齢者まで客層は広く、連日完売になったのだ。新しい食べ物のアピールとして大成功だった。


 売上は予想以上だったし、利益率も高く、今後の展開が期待できる結果だった。ショウと子供たちは大喜びだったし、カホも自信を深めていた。イースター最終日の翌日、みんなの慰労を兼ねて、アニーの宿屋で御馳走をふるまった。


 初めて見るような豪華な料理を前に、ショウと子供たちは大喜びだった。気づくと、一人で祝杯を上げていた父は、すっかり酔いつぶれていた。幸せそうな笑顔を見て、もしかしたら親孝行ができたのかもしれない、とカホは思った。


 宴もたけなわという時、それは起こった。カホのはめていた〈願いの叶うブレスレット〉が、何の前触れもなく、突然千切れたのだ。

 ショウが目敏めざとく見つけて、

「おっ、これで願いが叶うんじゃないか。姉ちゃん、どんな願い事をしたんだよ」


 カホはにっこり笑って、首を横に振った。

「願い事はとっくに叶っているよ。父さんの腰が治ること。新たなビジネスがうまくいくこと。あと、みんなが元気に毎日すごせること」


 そう、たった一つを除いて、カホの願い事はすべて叶っていた。その一つと言うのは、もちろん現世に無事戻ることである。転生を果たし、物心がつくようになってから、実は現世のことを考えない日はなかったのだ。


 しかし、〈願いの叶うブレスレット〉と〈ハッピー焼き〉を開発し、ショウや子供たちと一緒に働いているうちに、考え方が変わった。ビジネスの面白さに気づくことができたし、その結果、大きな収益を上げることができた。


 おかげで、父とショウ、子供たちと一緒の暮らしを維持することができた。とりわけ、自分を慕ってくれる子供たちには、母性愛に近い想いを抱いている。子供たちを見捨てるなど、今のカホにできるはずもない。


 正直いって、現世のことなど、どうでもよくなってしまったのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ