新たなビジネス
新たなビジネスのきっかけは、カホ自身が幼いころから、ずっと感じていたことだった。異世界の食事は、あまりにもお粗末なのだ。現世のサチコは決して食通ではなかったし、いたって庶民的な舌をしているつもりだが、それでもひどく不味いと断言できる。
味付けは大雑把だし、やたらと塩辛いのは、塩、ニンニク、カラシなどの香辛料を多用するからである。驚いたことに、素材の旨味を損なうほどに香辛料を使うのだ。現世の味になれたカホには、これが一般的な食事とは到底信じられなかった。
家族には話さなかったが、カホが転生後に受けた最も大きなショックは、二年前に亡くなった母の味付けだった。とりわけ、シチューが辛すぎて閉口した。食中毒を防ぐ意味合いもあるのかもしれないが、それにしても辛すぎた。決して大げさではなく、同じ量の水を飲まねばならないほどの辛さだったのだ。
異世界の人々は、少なくとも庶民たちは、食べる楽しみを感じていないように思われる。おそらく、満腹になるだけでいいのだろう。家に食べるものがなかった時、父とショウは腹を満たすために、水をたらふく飲んでいたことさえあった。
だから、異世界には「食文化」という言葉が存在しないのだろう。
しかし、人間は食事なしには生きてはいられないのも事実である。
ここに潜在的なニーズがある、とカホはずっと考えていた。決して、三ツ星グルメを目指す必要はない。誰にでも手が出せるほど安価であり、手軽に食べることができて、癖になるような美味しさが望ましい。その上で、味付けや形状のバリエーションを出せたなら、大きな訴求ポイントになるだろう。
考えに考え抜いて、カホは一つの結論を導き出した。
「粉もんでいこう」と。
つまり、小麦粉を主原料とした食べ物である。現世にお馴染みのものといえば、お好み焼きやたこ焼きなどになる。味付けや大きさは自由に変えられるし、食べやすい形状にしてやれば、おやつ・軽食にもなる。
食材に関しては心配なかった。異世界にも小麦粉はあるし、豚は家畜として飼われている。キャベツなどの野菜も同じである。粉もんと相性のよいマヨネーズも手間はかかるが、卵黄や塩、植物油を使えば作ることができるはずだ。
「思い立ったが吉日」である。カホは早速、お好み焼きをつくってみた。あくまで、異世界風のお好み焼きであるが、現世のそれに負けないものができたと思う。多めにつくったので、昼ご飯として子供たちにふるまった。
「カホちゃん、何これ、初めての味だね」
「べちゃべちゃしちゃって、変な食べ物」
「パンはないの? 俺、そっちがいいな」
子供たちの反応はバラバラだったが、違和感をもったことは間違いない。お好み焼きの美味しさは現世で折り紙付きなので、食べやすくすれば、食べなれてもらえれば、気に入ってもらえる自信はある。問題点は一つ一つ改善していけばいい。
カレーの美味しい理由について、何かで読んだ覚えがある。多くのスパイスがバランスよく調合されていて、豊かな香りと豊かな旨味を含んでいるかららしい。それらすべてが人間の感覚を強く刺激して、美味しさを感じさせてくれるのだ。
おそらく、カホのお好み焼きには、豊かな香りと豊かな旨味が足りないのだろう。
父とショウの反応も子供たちと変わらなかった。二人はお好み焼きを一口食べるなり、塩辛いスープにつけたり香辛料を振りかけたりした。カホは笑ってしまった。大人の味覚は想像以上におかしくなっているらしい。
いや、「郷に入っては郷に従え」である。異世界で商売を行うのだから、独りよがりの味付けではいけない。大々的に売り出すためには、異世界の味覚に合わせなければならない。そして味付けのポイントになるものは、既にわかっている。
ソースである。異世界には、ソースがないのだ。素材の傷みを隠すためか、香辛料は大量に使われている。塩、ニンニク、カラシをはじめとする香辛料の種類は豊富なのだが、調味料は未発達なのである。
考えてみれば仕方がない。ここは中世のヨーロッパなのだから、ソースがなくて当たり前である。そこで野菜と果実、香辛料を使って、ウスターソースを作ってみた。調合を間違ったのか、バランスが悪いのか、風味がイマイチである。
でも、あきらめたりはしない。満足のいくものを開発するため、今後も研究を重ねるつもりである。最悪の場合、ソースなしでいくことも検討しておこう。そこまで考えて、ふと思いついたことがある。
現世の母は大阪出身だったので、ソースには一際こだわりがあった。お好み焼きをソースなしで食べることになれば、母は間違いなく、烈火のごとく怒ることだろう。お好み焼きを食べる時には、お好み焼き専用のソースを使うほどだったから。
そういえば、お好み焼きを作ったのに、うっかりソースを切らしていたことがあった。お風呂に入った後だったので、近くのコンビニまで行くことも億劫だった。あの時はどうしたんだっけ? マヨネーズと何を組み合わせたんだっけ?
その時、カホの脳裏に閃くものがあった。




