異世界でも、それが現実
人が生きていくには、食べなければならない。着る物や住む場所も欠かせない。それらを得るために必要なものは何か?
言うまでもない。おカネである。おカネがなければ、日々の暮らしに苦労することになる。物々交換ができることはあっても、常に成立するとは限らない。日銭を稼がねば生きていけず、過酷な人生を送るはめになってしまう。
だから、おカネを稼ぐことは必要だ。そんなことは考えるまでもないだろう。大人は基本的に、おカネを得るために働いている。会社勤めをするということは言い換えれば、給料をもらうために労働を提供している、ということになる。
それは、現世だけのことではなく、異世界であっても変わらない。今、カホが暮らしている、中世ヨーロッパの辺境にあるような小さな城下町であっても、日々生きていくためには、おカネが必要である。
それが現実であり、カホの悩みの種でもあった。こちらでの母を失ってから、家計を任されているのは彼女なのである。どんなに切り詰めても、毎月赤字になってしまう。父の稼ぎが期待できない以上、カホが働かなくてはならない。
カホは現世にいた頃、就職活動に苦労した口である。自己PRが大の苦手だったし、そもそも何が何でも入社したいという意欲に欠けていた。例えば、他の入社希望者たちの自己PRを聞いていると、彼・彼女の方が新入社員にふさわしい、と考えてしまうほどである。
奥ゆかしい性格というより消極的だと言う方が正確だろう。他の人の発言に頷いているばかりで、自ら発言することが全くないのだ。人事担当者からも、積極性に欠けると見なされたにちがいない。
その点は、カホも自覚している。子供の頃から引っ込み思案だったし、自分から行動を起こすことも少なかった。存在感がないので、いるのかいないのかわからない。集団の中では、いつも影がうすく見られてしまう。
不安を感じてしまうと、どうしても一歩踏み出す勇気が出ない。つい失敗をしたときのことを考えてしまう。なかなか行動に移すことができず、ただ立ち止まってモジモジしているだけである。
そんな風なので当然、望んだ結果を得られない。カホが成功体験を振り返ってみようとしても、かろうじて小学生の時に絵画コンクールで入賞したことが思い浮かぶぐらいである。それ以外には思い出せない。
なぜ現世で亡くなったのか、そのあたりの記憶はすっぽり抜け落ちている。やはり、交通事故にあったのだろうか? 通り魔に刺されたり、火事にまきこまれたり、地震で生き埋めにされたりしたのかもしれない。
何であるにしろ、怖い思いをしたのは確かだろう。そういった記憶がないのは、カホにとって喜ばしいことかもしれない。悪夢にうなされて飛び起きるなんて、まっぴらごめんだ。
幸いなことに、カホはぐっすり眠れている。夢を見ないほど熟睡できているし、健康に関しては自信がある。あとは、せめて、この情けない性格をどうにかしたい。
せっかく、異世界転生を果たし、人生をやり直すチャンスももらったのだ。せめて、もう少し積極的になろう。それがカホ・カトー、16歳の切なる願いだった。




