第一話 虚像の英雄
ご覧いただきありがとうございます。
本作は、弱小国が仕組んだ「八百長戦争」から始まる戦記譚です。
英雄は偶然生まれたのか、あるいは虚構に過ぎないのか――。
それでも積み重ねられた虚像は、やがて歴史を動かしていきます。
宇宙を舞台にした政治と軍事の駆け引き、そして「虚実」が交錯する戦史をご堪能いただければ幸いです。
序──茶番の火種
光速航行技術の実現によって、人類は銀河の各宙域へと膨張を続け、無数の国家と勢力が割拠する時代。
その東宙域において、大国 バルドリア帝国 と弱小国 通商連盟マーティス(マーティス・トレード・リーグ)を隔てる 宙境。 そこに連なる小惑星帯の一角に、ゼルガード鉱山惑星があった。
ゼルガードは、大気の表面温度が50度を超える惑星で人が住むのにも適さない為、両国の緩衝地帯として半ば捨て置かれていた無価値の惑星であった。だが二十年前、通商連盟マーティスが版図に組み入れ、テラフォームを開始。七年前に高純度のレアメタル鉱脈が発見されると、状況は一変する。
ゼルガードは今や、通商連盟マーティスの国家予算の八%に匹敵する鉱山資源を算出する稼ぎ頭であり、バルドリア帝国にとっては国境のすぐ外に存在する“喉元の宝庫”となった。
帝国は沈黙を破り、百二十年前の前身国家バルドア公国の宙域データを持ち出し、「ゼルガードは古来より帝国の領有である」と強弁する。さらにここ一、二年は東部方面軍が大規模な軍事演習を繰り返し、恣意的な示威行動を行うようになった。
このまま両国間で小競り合いが始まれば、規模の小さい局地戦であれば数回は通商連盟マーティスも持ち堪えられるかもしれない。しかしそれが続けば威信を重んじる バルドリア帝国 も退けなくなり大規模な総力戦へと移行する事になるだろう。そうなった場合、惑星数二十にも満たない 通商連盟マーティス(マーティス・トレード・リーグ) は地図から消えかねない。
だからこそマーティスは断腸の思いでゼルガードを十年分の採掘資源相当額で帝国へ譲渡することを打診する。
だが、戦わずして割譲すれば、国際的威信は地に堕ち、国内の世論も政府を「弱腰」と断罪するに違いない。
――ゆえに両国は密かに合意した。
“八百長の戦争”を演じる、と。
筋書きは単純だ。バルドリア帝国によるゼルガード鉱山惑星の侵攻に対して、通商連盟マーティス(マーティス・トレード・リーグ) が善戦を演じたのち、ゼルガード鉱山惑星 を明け渡す。バルドリア帝国 は国際世論を見計らって「買い取り」を宣言。補償金を支払うという流れだ。
だが、八百長でも敗北には責任を取る者が要る。そこで彼らは“犠牲の羊”を用意した。
一 贖罪羊の召喚
「本日付で、カイン・シェリダン少佐。艦隊指揮を命ずる」
辞令の文字は淡々としていた。カインは短く息を吐く。士官学校を出て五年の軍務ののち、最終階級"大尉"で予備役へ。
この時代、中産階級の人々は政府より奨学金を借りて大学に通い、卒業後働きながら奨学金を少しづつ返済するというのが一般的だ。だが士官学校の場合は卒業後、軍役につき5年勤め上げると奨学金の支払いが免除されるという制度があり、カインはその制度を活用したのである。その後、民間企業に身を置いて三年、ようやく民間企業のルールや慣習が分かってきた頃に合理化の波に飲まれて失職した。そこへ“予備役再雇用”の募集を職業斡旋所で見つけて応募――即日で大尉から少佐に昇進、艦隊指揮官の待遇。まさに渡りに船だった。
この時代、戦場の主力は無人艦だ。人命を預からぬ小規模艦隊なら、佐官(少佐以上)が全体指揮を執るのが常識である。もちろん大規模艦隊では将官が総指揮を取り、佐官が分隊を率いるというケースもある。予備役大尉から少佐への即日昇進は“艦隊指揮”をカインに任せる為の便宜的措置であった。
副官が入室する。均整のとれた敬礼、冷ややかな眼差し。
フリード 「フリード・エルネスト大尉。副官を拝命しました。少佐、久々の実戦で不安があるかもしれませんが、運用は私がフォローしますのでご安心を」
カイン「頼りにしている」
カインはそう返し、業務用端末に視線を落とした。
(旗振り役は、空気を読んで振るものだ。振り回すためじゃない)
二 虚構の奏者
――数日前、通商連盟マーティス(マーティス・トレード・リーグ) 参謀本部。
「フリード大尉。筋書きは把握しているな。前衛に老朽艦を並べ、善戦を演出したのち撤退。ゼルガード鉱山惑星 を明け渡す」
「承知しております」
「八百長の戦争とは言え、スケープゴートが要る。お前は有望株だ。潰すには惜しい。……予備役上がりのカイン・シェリダン少佐を前に立てる。カイン少佐が自発的に八百長のシナリオに沿った行動を取るように誘導しろ。失敗すれば――分かっているな?」
フリードは唇を噛み短く敬礼した。血の味がした。
三 欺瞞の導火線
配備された戦力は寄せ集めだった。
いまどきの標準艦は、機動性と小回り、そしてレーダーなどの探索性能に優れる。データリンクで群として動き、瞬時に射点を変えられる。一方、前衛に回されたのは退役寸前の老朽艦。30年前には主流だった艦艇だが、装甲は厚く、砲塔は大口径で一撃が重いが足が遅い。またレーダーの索敵範囲や敵によるジャミング、ハッキング対策のファイアーウォールなどは現代戦では不安が払拭出来ない性能である。敵に撃沈して貰えば廃艦にする手間も省ける。厚い装甲は“善戦”の演出時間を稼ぐ。八百長の舞台装置としては理に適っていた。
「採掘済みの鉱石は、足の速い護送艦で後方へ固めて退避。……それと、採掘用機材も..此方は最悪退避出来なくても良いので老朽艦に積め」
フリードの眉が僅かに動く。
「採掘用機材、ですか。本国への輸送コストを考えれば買い直す方が安上がりですよ?」
「嫌がらせだよ。採掘用機材が無ければ、バルドリア帝国 はすぐに採掘出来ない。撤退するとしても、これぐらいの置き土産は良いだろう」
副官は短く頷き、端末に指示を流した。その目は、筋書きの“わずかな逸脱”を記録している。
四 断裂の波紋
宙境・ゼルガード外縁。無人艦の群が、無言で火線を交わした。
「前衛、砲戦開始。老朽艦、損耗率上昇……想定内」
フリードの声は一定だ。
バルドリア帝国 側旗艦・戦術室では、別の声が響く。
「予定通りだ。相手は老朽艦を**楔**にして中央突破を“演出”してくる。軽く受けて、沈めてやれ」
帝国の士官たちは、茶番の段取りを熟知していた。だからこそ、数式のように緩みが生じる。
「敵前衛艦、三隻目――撃沈」
無機質な報告が続いた、そのときだった。
敵司令官「なっ……何だこれは!?」
敵副官「ま、まさか!?星系連盟で禁止兵器になっている位相断裂波!」
五 白光の神話
沈んだ老朽艦の残骸から、宙域の“骨”を軋ませるような白い閃光が走った。振動ではない。熱でもない。
位相断裂波――結晶格子そのものの位相を断ち切り、物質を分子単位で砂状に還元する波。
本来は鉱山の掘削に使う 位相振動触媒 が不安定に共振したときだけ発生する現象である。
だが一度発生すれば、装甲や外殻を選ばず、まるで「物質の存在そのものを拒否する」かのように分解し尽くす。
その危険性から、星系連盟は百年前に 「位相断裂波」を兵器化することを禁じ、厳罰対象とした。
なぜならこれは爆発や熱ではなく、“物質構造の言語”を改竄する災厄だからだ。小惑星を掘削できる力が、艦隊や都市を一瞬で砂塵に変えてしまう。
帝国前衛艦の装甲が、音もなく崩れ落ちた。蜂蜜が溶けるように砲塔が沈み、艦首がほどけ、艦影が霧散する。
次いで、別の老朽艦の残骸が連鎖する。位相断裂波の共振汚染が宙域に広がっていく。
カインの艦橋でも、フリードが蒼白になった。
「司令……! 今のはまさか、位相断裂波!? 星系連盟 の禁止兵器ですよ!――」
カインは視線を前に据えたまま、声だけを返す。
「おいおい、副官殿。位相断裂波 なんて物騒な呼び方をするなよ。
あれは鉱山の掘削で使用する 位相振動触媒 だ。どこにでもある民間機材さ。輸送艦の余裕もない我が軍は戦闘艦に積んで退避を試みようとしたが、不幸にも敵の砲撃による艦艇の爆沈で位相振動触媒 が誘爆してしまったんだよ」
「……屁理屈を」
屁理屈でも、いまは効く。帝国の前衛は崩れ、隊列は乱れ、予定調和の舞台は瓦解した。
帝国旗艦で、司令官が舌を噛む。
「他の艦にもアレを積んでいる可能性がある。これだけ距離を詰められた状態では、我が軍前衛の損耗が割に合わん。撤退だ!」
バルドリア帝国 の艦影が、ひとつ、またひとつと後退していく。
六 虚像の英雄 誕生
静謐が戻った艦橋で、フリードが吐息のように問う。
「……勝ってしまったんですか」
「当然だろ。俺が受けた命令は、“宙境 の ゼルガード鉱山惑星 を占領せんと侵攻する バルドリア帝国 の小艦隊を撃退せよ、だ。無事果たしたワケだが?」
カインは不敵な笑みを副官のフリードに返した。
フリード(よ、余計な事を...)
青ざめるフリード
カイン「このままだと軍上層部は八百長を成立させれなかった君の責任も問うだろうね。僕達は一蓮托生だと思わないかい?」
フリード「どうしろと?」
カイン「劣勢な我が国を勝利に導いた虚像の英雄になるんだよ。君と僕で。マスコミと世論を味方につければ、軍上層部も迂闊に僕達に手を出せなくなる。」
フリード「...。」
七 詭弁の檀上
翌日、首都で記者会見が開かれた。
マスコミのフラッシュが飛び交い、記者たちは口々に叫ぶ。
「救国の英雄だ!」
「少佐、帝国艦隊を撃退したご心境を!」
「ゼルガードを守った救世主だ!」
会場は、カインとフリードを称える歓声で満ちていた。
虚像でも、この瞬間ふたりは国を救った英雄だった。
……だが、次の瞬間。壇上の将官が立ち上がり、会場を打ち消す怒声を放った。
「少佐! 貴様、**位相断裂波**を戦闘に用いたな!
それは星系連盟で禁止された兵器だ! 国際問題になるぞ!」
記者たちがざわめき、フラッシュが止まる。場の空気が凍り付いた。
カインは一歩前に出て、低い声で言った。
「閣下。……我々が使用したのは軍事用の位相断裂波ではありません。
鉱山掘削用の**位相振動触媒**を退避輸送中、不幸にも敵砲撃で誘爆させてしまっただけです」
将官は机を叩き、さらに食ってかかろうとした。
そのとき、フリードが半歩進み出た。
「閣下。記録映像をご確認ください。搭載されていたのは鉱山掘削用の**位相振動触媒**であり、星系連盟の規定でも兵器に分類されません。
カイン少佐が説明された通り、撤退準備の一環として収納していたものが敵国の砲撃を受け――結果的に“事故”が発生したのです」
報道陣が再びざわめき、誰かが「つまり兵器ではなく民間機材の事故か!」と叫んだ。
将官は言葉を飲み込み、吐き捨てるように背を向けた。
「……クッ。貴様ら、このまま済むと思うなよ」
踵を返す背中が、憎悪の色を残して去る。
カイン「将官殿は文学的表現が苦手らしい。まあ、軍人の本分は銃火の中にあるのだから、仕方ないか」
八 余韻
艦橋に戻ると、夜の宇宙が窓いっぱいに広がっていた。
照明を落とし、カインは静かに星々を見つめる。
「……俺たちは、バルドリア帝国を退けた。
たとえ“虚像”でも――退けた事実は、もう誰にも消せない」
フリードは短く「えぇ」と応じた。
不敵な笑みを装いながらも、口元はわずかに震え、その笑みは引き攣っていた。
そして続けた。
フリード
「えぇ……虚像であろうとも、勝利を積み重ねれば、それはやがて歴史に刻まれ、真実と呼ばれるのでしょうね」
終──盟約の影
同時刻。バルドリア帝国の西方宙域を治める 星間連邦アルクトゥル(アークトゥルス・フェデレーション)。
石壁に囲まれた会議室に、重苦しい沈黙の後、静かな声が落ちる。
「我が星間連邦アルクトゥル(アークトゥルス・フェデレーション)は、“栄光ある孤独”を終える時だ。
通商連盟マーティス(マーティス・トレード・リーグ)は小国ながら、帝国艦隊を退けた。
盟を結ぶに値する。バルドリア帝国の伸長も座視はできぬ」
密使に密命が授けられる。――同盟打診。
まだ公には遠い、ひそやかな一歩。
だが、虚像の勝利が、すでに星々の秩序を軋ませ始めていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第一話では「八百長の茶番」がどのように始まったかを描きました。
しかし、この小さな“虚構の勝利”が、後に大国をも巻き込み銀河を揺るがす大きな渦となっていきます。
次回は今回の事件をきっかけに動き出す各国の暗躍の話にやる予定です。お楽しみに。