フユにフル
冬、ふゆ、フユ――。
空はどんよりとした灰色の雲に覆われ、吹きすさぶ冷たい風がいっそう鋭く感じられる。
しかし、私にとってそれは案外悪くない。うん、悪くない。
暗い空も、冬であれば許せてしまう。
だって、素敵なものが降ってくるかもしれないから。そう、真っ白な、すてきなものが……。
はぁ、と吐き出した息が白い。溜息をついたのに、それが白くなると、悩み事が目の前に現れたみたいで、なんだか変な気分になる。
端的に言えば、バツが悪い。そんな感じだ。
悩みの種は尽きることがない。
今抱えているのは、執筆のことだ。
趣味で書いている小説を、ネットにアップしている。
――『書かなければならない』。
そんな義務はないけれど。
書きたいものを形にできない。書きたいものが見つからない。
――『書けない』。
こんな風に使うのはおかしいけれど、なんとなく正鵠を射ているような、これを表す言葉。それがふと、頭に浮かんだ。
二律背反。
決して正解ではないのに、私にはなぜかしっくりとした。
そもそも、感情と事情だ。並べて比べる、なんていう行為そのものが、ナンセンスだ。
だけど。
ぴったりと嵌ってしまったパーツは、分解するのが難しい。同じように、一度感じてしまった印象は、よほどのことがないと拭えない。
私はきっと、いつまでもこの二律背反に悩まされるんだろうなぁ。
そんなことを思って、私は空を見上げる。
中途半端な晴れ。明るすぎる太陽を、ぼかしたみたいな空だった。
悩み事? そう、彼は尋ねた。
喫茶店。机の上にはノートと筆箱。一杯の冷めたコーヒー。
窓際の、四人席に一人で腰かける。なにをするということもなく、窓の向こうを、ぼんやりと眺めていた。
そんなとき、ふと声をかけられた。
悩み事? と。
首を回して、彼の方を向く。
声をかけてきたのは、ウェイターの子だった。
どこかで見覚えがある。……ああ、クラスメイトだ。
誰かと思えば、なんて言葉を返す。
すると彼は、笑いながら、ひどいなぁ、なんて。
人懐っこい笑顔。悪くない。
ふふ、と微笑み返し、コーヒーを飲み下す。
苦いけど、冷えているけど、やっぱり悪くない。
私は席を立ち、会計を済ませる。
外に出ると、黒い雲。うん、悪くない。
今日は、雨が降っている。
窓の向こうを、色とりどりの傘をさした人たちが、すれ違っていく。
悩み事?
見れば、今日も今日とて彼であった。
ええ、と短く答えると、へえ。
相槌だけが返ってきた。
彼はただ、微笑んでいる。この間と同じように。
ぷっ。
なんだか、それがとても可笑しく見えて、ついつい吹き出してしまった。
すると、やっぱり彼は笑いながら、ひどいなぁ、と言った。
席を立ち、勘定を払い、店を後にする。
私は傘をさし、同じような雑踏の中にまぎれていく。
そんな中で、たまにはこんな雨も、――。なんてね。
ねえ、と私は声をかけた。
え? とぼけた返事。
もう。なんて膨れてみせる。
すると彼は、ごめんごめん、と返してきた。
だから私は、ひどいなぁ、と。
微笑んだまま言う。そして、鞄へと私は手を伸ばした。
中から、紙束を取り出す。
原稿用紙? 彼はそう言った。
対し、ええ。そう返した。
続けて。
それ、あなたのおかげだから。あなたに読んでもらいたいの。
恥ずかしい思いを我慢して、言い切った。
それって……。
そんなことを彼は言い出した。
私は、つい気が動転し、外へと飛び出た。
空を見る。
空から、白い塊が降りてくる。
そして、気づいた。ああ、やっぱり。
私に。この冬に降ったもの。
それは、この――
了