表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

フユにフル

作者: 空言縁

 冬、ふゆ、フユ――。

 空はどんよりとした灰色の雲に覆われ、吹きすさぶ冷たい風がいっそう鋭く感じられる。

 しかし、私にとってそれは案外悪くない。うん、悪くない。

 暗い空も、冬であれば許せてしまう。

 だって、素敵なものが降ってくるかもしれないから。そう、真っ白な、すてきなものが……。



 はぁ、と吐き出した息が白い。溜息をついたのに、それが白くなると、悩み事が目の前に現れたみたいで、なんだか変な気分になる。

 端的に言えば、バツが悪い。そんな感じだ。

 悩みの種は尽きることがない。

 今抱えているのは、執筆のことだ。

 趣味で書いている小説を、ネットにアップしている。


 ――『書かなければならない』。


 そんな義務はないけれど。

 書きたいものを形にできない。書きたいものが見つからない。


 ――『書けない』。


 こんな風に使うのはおかしいけれど、なんとなく正鵠を射ているような、これを表す言葉。それがふと、頭に浮かんだ。

 二律背反。

 決して正解ではないのに、私にはなぜかしっくりとした。

 そもそも、感情と事情だ。並べて比べる、なんていう行為そのものが、ナンセンスだ。

 だけど。

 ぴったりと嵌ってしまったパーツは、分解するのが難しい。同じように、一度感じてしまった印象は、よほどのことがないと拭えない。

 私はきっと、いつまでもこの二律背反に悩まされるんだろうなぁ。

 そんなことを思って、私は空を見上げる。

 中途半端な晴れ。明るすぎる太陽を、ぼかしたみたいな空だった。



 悩み事? そう、彼は尋ねた。

 喫茶店。机の上にはノートと筆箱。一杯の冷めたコーヒー。

 窓際の、四人席に一人で腰かける。なにをするということもなく、窓の向こうを、ぼんやりと眺めていた。

 そんなとき、ふと声をかけられた。

 悩み事? と。

 首を回して、彼の方を向く。

 声をかけてきたのは、ウェイターの子だった。

 どこかで見覚えがある。……ああ、クラスメイトだ。

 誰かと思えば、なんて言葉を返す。

 すると彼は、笑いながら、ひどいなぁ、なんて。

 人懐っこい笑顔。悪くない。

 ふふ、と微笑み返し、コーヒーを飲み下す。

 苦いけど、冷えているけど、やっぱり悪くない。

 私は席を立ち、会計を済ませる。

 外に出ると、黒い雲。うん、悪くない。



 今日は、雨が降っている。

 窓の向こうを、色とりどりの傘をさした人たちが、すれ違っていく。

 悩み事?

 見れば、今日も今日とて彼であった。

 ええ、と短く答えると、へえ。

 相槌だけが返ってきた。

 彼はただ、微笑んでいる。この間と同じように。

 ぷっ。

 なんだか、それがとても可笑しく見えて、ついつい吹き出してしまった。

 すると、やっぱり彼は笑いながら、ひどいなぁ、と言った。

 席を立ち、勘定を払い、店を後にする。

 私は傘をさし、同じような雑踏の中にまぎれていく。

 そんな中で、たまにはこんな雨も、――。なんてね。



 ねえ、と私は声をかけた。

 え? とぼけた返事。

 もう。なんて膨れてみせる。

 すると彼は、ごめんごめん、と返してきた。

 だから私は、ひどいなぁ、と。

 微笑んだまま言う。そして、鞄へと私は手を伸ばした。

 中から、紙束を取り出す。

 原稿用紙? 彼はそう言った。

 対し、ええ。そう返した。

 続けて。

 それ、あなたのおかげだから。あなたに読んでもらいたいの。

 恥ずかしい思いを我慢して、言い切った。

 それって……。

 そんなことを彼は言い出した。

 私は、つい気が動転し、外へと飛び出た。

 空を見る。

 空から、白い塊が降りてくる。

 そして、気づいた。ああ、やっぱり。

 私に。この冬に降ったもの。

 それは、この――



 了


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ