86. 夢中
初日の試合が終わり、観客席にいたエマは、闘技場前でルナ(ルイ)が出てくるのを待っていた。エマは観客たちの興奮冷めやらぬ雰囲気の中で、少し心配そうにルナの姿を探していた。
しばらくして、闘技場から出てきたルナが現れた。彼女は、既に多くの男性観客に囲まれていた。皆が彼女に花束やラブレターを渡し、拍手を送っている。周囲は、ルナの魅力に圧倒されている様子だった。
だが、ルナはそれらの熱烈なファンの押し寄せる群れをものともせず、冷静にエマの方へと歩み寄った。
「帰るぞ」
ルナは、まるで日常のように言った。
エマは、何とも言えない表情を浮かべ、ゆっくりと答えた。
「う、うん……」
エマの中では、混乱と興奮が入り混じっていた。ルナがまるで周囲の熱狂を無視するように、平然と自分のもとに向かってきた姿に驚きを隠せない。
エマは、言葉を絞り出すように続けた。
「めちゃくちゃだったけど、Fブロック優勝おめでとう」
ルナは、少しも気にすることなく、軽く肩をすくめた。
「まあ、余裕だな」
その後、ルナは冷静に続ける。
「決勝戦は来週だから、少し時間が空くが、俺は他の試合も見ておこうと思う」
エマは、ルナの冷静な様子に少し驚きながらも、同意するように頷いた。
「そうだね、どんな選手がいるか確認しておかないとね。あとさ、宿に戻ったら、一言、ルナに言いたいことがあるから」
宿に戻ると、エマはルナに向かって怒りをぶつけた。
「なんなのあの魅了魔法! それからあの暴力! 魔法なしで! 目立ちすぎでしょ!」
エマの怒りは収まらず、思わず言葉がどんどんと溢れて出てきた。ルナの冷静な態度が余計に腹立たしく感じられた。
ルナは、エマの感情的な反応に対しても冷静に答えた。
「正体がバレなきゃいいだろ。正体を隠すためにも、魔力をおさえて戦ったほうがいいだろ?」
その言葉に、エマはさらに怒りを感じた。ルナの言うことが正しいと頭では分かっているはずなのに、心の中で湧き上がる感情が収まらない。
「でも、あまりにも目立ちすぎだよ! みんながルイに夢中になってるじゃん!」
「俺は試合に勝てればなんでもいい」
ルナは少しだけ黙った後、顔をほんの少しだけ赤らめながら、静かに続けた。
「……それに、世界中の誰もが俺に夢中になったとしても……」
エマはその言葉を聞いて、驚きとともに心がざわつくのを感じた。
「しても?」と、エマは続けた。
ルナは、再び冷静な表情に戻りながら、無愛想に答える。
「明日も早い。今日はもう寝るぞ」
ルナのその一言で、エマの怒りは少し収まったが、同時にルナがどこか遠くに感じられる瞬間でもあった。心の中で複雑な感情が渦巻く中、エマは何も言わずに黙ってルナを見つめた。
ルナは、そんなエマを気にすることなく、バスルームへと入っていった。




