80. 厄介
翌朝、ルナ(ルイ)は闘技大会の詳細な情報を集めるため、早朝から宿を出た。
「俺は少し探りを入れてくる。何かあればすぐに知らせろ」
ルナはそう言い残し、いつもの冷静さを保ちながらも、どこか戦士のような気配を漂わせて去っていった。
エマは一人きりの自由な時間に、ヴァルディアの街を探検しようと外に出た。
大会の熱気に包まれた街は、至る所で魔法と人々の活気が交差していた。広場の一角では、魔法を用いたパフォーマンスが行われている。
音楽とともに舞台中央に現れたのは、魔法の炎を手に踊る女性。足元から揺れる火が螺旋を描き、彼女の動きに合わせて空中に模様を描いていく。炎は一瞬のうちに花びらへと形を変え、次々と咲き誇るように舞い散る。
「すごい……!」
エマは感嘆の声を漏らし、目を輝かせた。クローキャットのクロも耳を立て、興味深げに踊り手を見つめている。音楽に乗せられて、エマは思わず足を動かしそうになるほどだった。
その時、ふと近くで話し声が耳に入った。
「グレイシャルムの結界が破れただって?」
「そうさ、あの鉄壁の防護魔法が、何百年も無傷だったのに急にだ。しかも、結界の奥に潜んでいた魔法生物たちが穏やかになったらしい」
「穏やかに? 一体どういうことだ……?」
声のする方に視線を向けると、新聞を手にした二人の中年の男たちが眉をひそめて話し合っているのが見えた。彼らが読んでいた新聞の見出しには、大きく『グレイシャルムの結界、破られる――だが魔法生物たちは沈黙』と書かれていた。
(すごいニュースになってる……)
エマは新聞の見出しから目を離せないまま、その内容に胸がざわめいた。自分たちが結界を破った張本人であることを思い出し、軽く身震いする。
「やあ、こんなところで会うなんて!」
突然、陽気な声がエマの背後から響いた。
振り向くと、長身の青年セドリックが微笑みながら立っていた。
「昨日の――」
エマが言いかけると、セドリックが先に笑いながら頷いた。
「昨日、ルナっていう子と一緒にいたよね? 彼女、かなり強そうだし、大会で闘えると思うと今から楽しみだよ!」
エマは口元を引き結び、複雑な思いを抱えながら相手の顔を見上げた。
「ルナは……強いですよ。でも――」
セドリックはエマの言葉を遮るように、ニヤリと笑みを浮かべた。
「彼女、美人だよな。もし俺が優勝できたら、彼女をデートに誘ってみようかな」
その瞬間、エマの心の中で何かがはじけた。
「絶対だめ!」
エマの鋭い声に、セドリックは目を丸くし、少し後ろへ下がった。
「そんなに強く言うとは……まさか、君――」
「ち、違うの! ルナには、そういうことを考える余裕なんてないの!」
エマは慌てて顔を真っ赤にし、手をぶんぶんと振り回しながら言い訳した。
「ふむ。そう言われると、ますます彼女が気になるな」
セドリックは楽しそうに笑い、エマの困惑を楽しんでいるようだった。
(この人、ぜったい厄介だ……)
エマはため息をつきながらも、彼に何か特別な気配を感じずにはいられなかった。




