8. 入学試験
翌朝、エマは早朝に目を覚まし、試験会場へ行く準備を始めた。
ルイからもらったアンティークな木箱、これはインフィナイトの箱と言って、小さな箱だが中には無限に物を収納できる異次元空間が隠されている。特定の人が中に入ることもできるが、外から欲しいものを取り出すこともできる。
エマがインフィナイトの箱を開け、「入学試験の服と、杖とペン」と言うと、箱の中から白いブラウスや黒いスカート、ルイからもらった初心者用の魔法の杖と、羽根ペンが飛び出してきた。
「よしっ」
ローブを着て準備を済ませたエマは、昨晩何度も見返した地図を確認しながら試験会場に向かった。
試験会場に到着すると、そこには重厚な木製のドアがあった。ドアを押して中に入ると、広々とした会場が広がっていた。高い天井には魔法で浮かぶランプが並び、室内を柔らかく照らしている。
「席は自由です。どこでも構いませんので着席してください」
エマは試験官に言われた通り、空いている席を見つけ着席した。
「15分後に試験を開始します。最初は筆記試験。制限時間は3時間です。終わった人から順に次の試験会場へと移動してもらいますので、終わった人は解答用紙を持って私のところにまで来てください」
その後、受験生が揃い、「では、試験開始!」と試験官からの合図があった。こうして、ついに魔法学校への入学試験がスタートした。
試験開始の合図が響くと、目の前の用紙が自動的に動き、問題が現れ始めた。
(うん、大丈夫。魔法書で読んだことがある)
エマは落ち着いて筆記試験の問題を解き始めた。
筆記試験の問題を解き終えたエマは、試験官に言われた通り、解答用紙を持って試験官のところにまで渡しに行った。
「君、どうしたんだい?」
「えっと、解き終えたので、解答用紙です」
「は?」
周囲を見回すと、まだほとんどの受験生が必死に問題を解いている。試験官はエマの解答用紙をちらりと確認し、少しだけ驚きの表情を浮かべたが、すぐに無表情に戻った。
「それでは次の試験会場へ進んでください。そこの廊下をまっすぐ進むと左手に『実技試験会場』と書かれたドアがあります」
エマは、試験官の指示通りに次の試験会場へと向かった。
実技試験会場に到着し、ドアを開けると、そこは筆記試験会場とはまるで異なる空間だった。広大なホールの中央に円形の競技場のようなエリアがあり、試験官らしき女性が杖を片手に待っていた。
「早いわね。実技試験会場へようこそ」
「はじめまして、エマ・ブラウンです。よろしくお願いします」
「早速ですが試験を始めます。試験内容はシンプルです。あなたの好きな魔法を何でも良いので一つ披露してください。もし攻撃魔法であれば私が防御を、防御魔法であれば私が攻撃します」
「わかりました」
「では、こちらへ」
エマは、試験官の立っている競技場エリアへ向かった。
(好きな魔法……どうしよう……攻撃魔法も防御魔法も魔力が少なすぎて話にならない)
競技場エリアに立ったエマは、少し迷った末に、呪文を唱えようとした。しかし、すぐに唱えるのをやめ、杖をおろした。
「すみません。この後、他の受験生たちもこの部屋に集まるのであれば、私の順番を少し後に回していただけないでしょうか?」
「かまいませんよ」
「ありがとうございます」
しばらくして、筆記試験を終えた他の受験生たちが続々と実技試験会場へと入ってきた。
実技試験に挑戦する受験生たちは、光を使った攻撃魔法を披露する人もいれば、植物を使った防御魔法を披露する人、幻術魔法で幻影を作っている人もいた。
「次、エマ・ブラウンさん、準備がよろしければこちらへ」
「はい!」
エマは中央の競技場エリアに立った。会場に集まった他の受験者たちや試験官の視線が一斉にエマに集まる。緊張で手が震えそうになるが、エマは深呼吸をして自分に言い聞かせた。
(大丈夫。私はできる)
エマは杖を握り締め、静かに目を閉じる。
「……インシェンス・フルーラ」
エマの口から紡がれた呪文と同時に、彼女の足元に小さな炎が灯る。その炎は赤く燃え上がることなく、柔らかく揺れる光となり、徐々に広がっていった。
炎は花びらのような形に変わり、次々と咲き始める。最初は小さな花がひとつ、そしてそれが広がり、一面の花畑を作り出していく。
「なんて美しい……!」
試験官は思わず声を漏らした。他の受験生たちも息を呑む。炎の花畑は、温かな輝きと共に、周囲の空気までも浄化しているかのようだった。
しかし、それだけでは終わらなかった。エマが杖を軽く振ると、花びらの一部が風に舞うように空中に舞い上がり、やがて受験生の一人の腕に触れた。その瞬間、彼の腕にあった浅い傷がゆっくりと癒えていく。
「回復魔法……炎で回復を?」
周囲の受験生たちは驚きの声をあげた。普通、炎の魔法は破壊の象徴とされている。それを、これほどまでに柔らかく、美しい形で回復に使う者は前例がなかった。
エマは杖を下ろし、深呼吸をして炎の花畑を消し去った。
「これが……私の魔法です」
会場はしばし静寂に包まれた後、大きな拍手に包まれた。
「素晴らしい。単なる回復魔法ではなく、炎と融合することで、見るものを魅了し心身ともに回復させる魔法ですね」
エマは少し照れくさそうに微笑んだが、内心では自分の力を証明できたという達成感に満たされていた――。
実技試験を終えたエマは、面接が免除されているため、そのまま宿の部屋へと戻っていった。宿の部屋でベッドに飛び込み横になっていると、ルイが現れ、「どうだった?」と尋ねる。
「分からない。でも、やれることは全部やったよ」
ルイは微笑みながら答えた。「それで十分だ。まあ合格は決まってるしな」
エマはその言葉に少しだけ勇気をもらい、窓の外に浮かぶ天空の建物を見上げた。
「ここから、本当に新しい冒険が始まるんだね」