73. 満月
ルイとエマは、遠く離れた南方の街サンドリオへワープで到着した。街に一歩足を踏み入れると、冷え切った山道とは全く違う光景が広がっていた。
「あつい……」
エマは額に浮かんだ汗を拭い、コートを脱ぎながら辺りを見渡した。
この街は貴族の館が立ち並ぶ平穏な場所で、手入れの行き届いた庭園や、白い大理石の建物が整然と並んでいる。中心には優雅な噴水広場があり、水の音が心地よく響いていた。陽光が柔らかに街全体を包み込み、どこか夢のような雰囲気を醸し出している。
「なんだか、すごく安心する場所だね……」
「ここなら、追ってがあってもそう簡単には手出しできないだろう。さすがに俺も疲れた。この街で少し休もう」
ルイが静かに言い、二人は街中を歩き始めた。貴族たちが豪華な馬車で通りを行き交い、道端には果物や花を売る露店が並んでいる。彼らの談笑や明るい笑顔が、街の平穏を物語っていた。
やがて小さな宿を見つけ、受付で部屋を借りた。宿の内装も美しく、絵画や花瓶が上品に飾られている。部屋に入ると、エマはベッドに腰を下ろして深く息を吐いた。
「なんだか、ようやく落ち着けるね……」
そんなエマを見つめながら、ルイが真剣な表情で言った。
「エマ、フロスト・ソルヴィールは俺が預かっていてもいいか? エマが持っていると、真っ先に狙われる。俺が持っていれば、少なくとも簡単には奪われない」
エマは少し悩んだが、ルイの言葉にうなずき、胸元のフロスト・ソルヴィールを取り出した。それを手に取ったルイは、慎重にそれを見つめ、手のひらに乗せて呪文を唱え始めた。
「フォルマ・トランシス」
すると、フロスト・ソルヴィールが淡い光を放ち、まるで普通のソルヴィールのような見た目へと姿を変えた。
「これで、よほどの魔法使いでなければ古代魔法具だと見抜けない」
ルイはそう言って、形を変えたソルヴィールをポケットへとしまった。その様子を見たエマは安心したように微笑んだ。
「ありがとう、ルイ」
「いや、エマがいなければフロスト・ソルヴィールは手に入らなかった。本当にありがとう、エマ」
突然の感謝に、エマは驚きながらも照れたように笑った。
「え、そんな……私、ほとんど何もしてないよ」
「いや、エマの存在が重要だった。だからこそ、もう一つ頼みたいことがある」
ルイの真剣な眼差しに、エマは少し緊張した様子で返事をした。
「頼みたいこと?」
「エマは、人や生物の心を動かす魔法に長けている。それに、操られることもない。だから、これから俺たちが古代魔法具をもっと集めるようになったとき、もし俺がその力に影響されることがあったら……エマならきっと俺を止められると思う」
エマはルイの言葉に一瞬息を呑んだが、しっかりとうなずいた。
「もちろん、そんな時が来たら全力で止めるよ。でも……ルイなら大丈夫だと思う」
ルイは小さく微笑みながら「頼んだぞ」とだけ言った。その後、ルイが窓の外を見上げて、ぽつりと言った。
「今夜は、おそらく満月だ」
エマは不思議そうに首をかしげた。
「それがどうしたの?」
ルイは少し意地悪そうな笑みを浮かべた。
「楽しみにしておけ」
夜が更けると、街全体が活気づき始めた。宿の窓から外を見下ろしたエマは、驚きの声をあげた。
「え、みんな……空を飛んでる!」
絨毯やほうきに乗った街の人々が、満月の明るい光の下、自由に空を舞っているのが見えた。色とりどりの光が夜空を彩り、幻想的な光景が広がっていた。
ルイは部屋の隅から何かを取り出した。
「おれたちも行くぞ」
それは、インフィナイトの箱から取り出した絨毯だった。ルイが絨毯を広げ、エマを招き入れるように乗るよう促した。
「怖いかもしれないが、しっかりつかまっていれば大丈夫だ」
エマが絨毯の端に座り、ルイの背中につかまると、絨毯はふわりと宙に浮いた。そして、二人は夜空へと飛び立った。
「わあ……!」
エマは満点の星空と、下で輝く街の灯りに感動して声を漏らした。
すると、突然、空中で花火が打ち上げられた。色とりどりの花火が夜空に咲き誇り、街中が歓声に包まれる。
「この街では、この時期の満月の日にこうして夜のイベントをやっているんだ。空を飛びながら花火を見るのは最高だろ?」
エマは感動した面持ちでうなずき、満面の笑みを浮かべた。
「すごい! 本当に夢みたい!」
ルイはそんなエマの姿を見て、満足そうに微笑んだ。満月の光と花火の輝きが、二人の旅に一瞬の平穏と喜びを与えていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!第三章は以上で完結です!
少しでも面白い、続きが気になると思われましたら、是非ブックマーク登録か評価(↓の☆)していただけると大変励みになります!
引き続き頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします




