66. 結界
エマはルイと別れた後、宿を探すためにグレイシャルムの街を歩き始めた。
氷でできた街並みはどこもかしこも光を反射し、幻想的な美しさを放っていた。人々の会話が混じる活気ある広場を抜け、エマはようやく宿の看板を見つけた。
「ここならいいかな……?」
宿の中に入ると、暖かく柔らかな光がエマを包んだ。受付の女性はエマを見ると優しく微笑み、部屋を案内してくれた。
エマは荷物を置き、窓から街を見下ろした。澄み渡る空気と輝く街並み。だが、その美しい景色の奥に、結界に閉ざされた山が威圧的にそびえ立っている。
「ルイ、無事だといいけど……」
しばらくして、ルイは宿の部屋までやってきた。「どうだった?」とエマはルイに尋ねる。
「強力な魔力で作られた結界だ。少し時間がかかる。それより問題は結界を破壊した後だな。何が起きるかわからない」
「結界を破壊したら危険な魔法生物が街の方までおりてきちゃうかもしれないね……」
「それはなんとかするしかない。それより、過去に結界を破ろうとしたやつらも、フロスト・ソルヴィールを狙っていた可能性が高い。もしかしたら、結界を壊せば、他の魔法使いたちも動き出すかもしれない」
「対人戦になるかもしれないってこと……?」
「そうだ。まあ、何とかするさ。明日の午後には一緒に山へ行くぞ」
翌日、エマはリュックに荷物を詰め込み、昼過ぎにルイと一緒に山のふもとへと向かった。途中、街の住人が心配そうな表情で二人を見送る姿があった。
「気をつけて。山に行ったきり、戻ってこなかった人もいるからね」と声をかけられ、エマは少し胸が痛んだが、しっかりと頷いた。
山道を登りながら、エマは周囲の冷たい空気に包まれつつも、どこか温かな魔法の気配を感じていた。氷の壁や雪に覆われた木々は、魔力によって形を保っているようだった。
やがて、結界の見える場所に到達した。目の前には透明で巨大な壁が立ちはだかり、その奥には凍りついた巨大な木々がうっすらと見えた。
「これが結界……」
エマは思わず息を呑んだ。
ルイが結界に向けて手をかざすと、その掌から眩い光が放たれた。光はまっすぐに結界へと向かい、透明な壁に衝突すると、結界全体が強く輝き始める。その輝きはまるで空間全体を包み込むようで、エマは思わず目を細めた。
「結界が……」
エマが息を呑む中、結界の表面には次第に亀裂が走り始めた。
ピキ…ピキピキ…
結界がきしむ音が周囲に響き渡り、やがて一気に砕け散った。砕けた結界の破片は光の粒となり、空中に消えていく。
だが、その直後だった――
破壊された結界の奥から、巨大な氷のドラゴンが姿を現した。その数は三体。体全体が輝く氷で覆われ、透き通るような翼を広げながら宙を舞っている。その鋭い目は、まるで侵入者を許さないと言わんばかりの殺気を放っていた。
「行くぞ!」
ルイが短く告げると、二人は先へ進み始めた。
結界の内側を少し進むと、今度は無数の巨大な雪ウサギや白い鳥たちが現れた。それぞれの目は赤く輝き、鋭い牙やくちばしがエマたちに向けられている。
「ここ、全部敵だらけじゃない!」
エマは焦りながら周囲を見回した。
その瞬間、一体の氷のドラゴンがルイとエマの方に向かって急降下してきた。振動が大地に伝わり、氷が砕ける音が響き渡る。一方、残りの二体のドラゴンは巨大な翼を広げ、街の方向へ向かって飛び立とうとしていた。
「街が危ない!」
エマは混乱しながらも、どうすればいいのか分からず立ち尽くしてしまう。
だが、その時だった。ルイのソルヴィールのネックレスが輝き始め、眩いばかりの光が彼を包み込んだ。彼の全身から膨大な魔力が放出され、衝撃波のように辺り一帯へ広がっていく。
「何……これ……!」
エマは驚きながら、魔力の圧倒的な威力に目を見開いた。
氷のドラゴン三体はルイの魔力に飲み込まれるようにして、宙で動きを止め、その場で気絶して地面に崩れ落ちた。同時に周囲を囲んでいた雪ウサギや白い鳥たちも、次々と力を失い、倒れていく。
「大丈夫か?」
ルイがエマの方を振り返る。
「う、うん……」
エマは息を切らしながら答えた。
「これはまだ始まりにすぎない」
ルイの表情は険しく、これから待ち受けるさらなる試練を予感させるものだった。




