64. 雪霊
翌朝、エマたちはリーナと合流し、グレイシャルムへ向けて歩き始めた。
雪が深くなり、空気がさらに冷たく感じられる中、リーナは手慣れた様子で雪道を案内する。その途中、彼女は周囲の自然や地形について興味深い話をしながら道を進んだ。
「この辺りには、昔から雪霊と呼ばれる魔法生物が住んでいると言われているんです」とリーナが話し始める。「普段は人に姿を見せませんが、彼らの力がこの地域の美しい雪景色を生み出しているんですよ」
エマは目を輝かせた。
「雪霊って、本当にいるんですか?」
リーナは微笑みながら頷いた。
「ええ、でも気をつけて。雪霊は優しい存在ですが、この土地を侵そうとする者には冷徹です。彼らを怒らせたら、嵐を呼ぶとも言われています」
その言葉に、ルイは少し緊張した表情を見せる。
「それなら、あまりこの土地に馴染まない魔法を使うのは避けた方が良さそうだな」
しばらく進むと、三人は急な崖の前にたどり着いた。リーナが「ここを越えれば、グレイシャルムの外れに着きます」と言ったその時、突然、強い風が吹き始め、雪が渦を巻いて視界が遮られる。
その瞬間、雪の中からぼんやりとした青白い光が浮かび上がった。
「これは……雪霊?」エマが小声で呟いた。
雪霊たちは透明感のある人型の姿をしており、静かに空中を漂っている。リーナは一歩前に出て、冷静な声で話しかけた。
「私たちはこの地を侵すつもりはありません。ただ通りたいだけです」
しかし、雪霊は、エマ、ルイ、リーナの三人を鋭い視線で見つめる。
リーナが少し前に進み、素早く杖を取り出した。
「このままじゃ通れないみたいね。やむを得ないわ」
彼女が呪文を唱えようとした瞬間、ルイが手を伸ばしてその動きを制した。
「待て、リーナ。攻撃は逆効果だ」
「でも、このままじゃ――」
リーナが反論しようとするが、ルイは冷静に首を振る。
「雪霊は、この地の守護者だ。俺に任せろ」
ルイはゆっくりと前に進み、両手を広げて雪霊たちに向かい合った。その目は穏やかで、彼らの力を否定する気配は微塵も感じられない。そして、低い声でゆっくりと呪文を唱え始めた。
「エクス・パクス・スノーリス……」
その声は、寒風に溶け込むように柔らかく響き、雪霊たちの青白い光が次第に穏やかな色合いに変わっていく。彼らの視線も次第に和らぎ、雪の渦が静まっていくと共に、再び静寂が訪れた。
雪霊たちはルイを一瞥すると、ひとつ頷くような仕草を見せ、空中に溶け込むように姿を消していった。
「すごい……」リーナが驚きの表情で呟いた。「あなた、どうしてそんなことができるの?」
ルイは振り返り、静かに答えた。
「この地の魔法と共鳴する術を知っているだけだ。それに、無駄な争いはしたくない」
エマはルイに近づきながら、嬉しそうに笑った。
「さすが、頼りになるね!」
リーナは複雑な表情を浮かべたまま、ルイの後ろ姿を見つめていた。その表情には、尊敬と警戒の入り混じった感情が垣間見えた。
雪霊たちが姿を消し、ルイは崖の向こう側をじっと見つめながら考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「この距離なら飛べそうだな」
「飛ぶ? そんな簡単に言うけど、魔法のほうきは持ってるの?」
リーナが驚いた表情で繰り返した。
ルイは自信たっぷりに微笑むと、杖を軽く振った。杖の先から淡い光が広がり、三人を包み込むように輝き始めた。次の瞬間、足元から冷たい風が吹き上がり、周囲の景色が一瞬でかき消えた。
エマが目を開けると、そこはすでに崖の向こう側だった。冷たい雪が足元に広がり、グレイシャルムの外れが目の前に迫っている。
「こんなことができるの……?」
リーナは半ば呆然としながらルイに目を向けた。
「これぐらい普通だ」
「普通って言うけど、普通の魔法使いがこんな簡単に瞬間移動できるわけないでしょ!」
リーナは驚きを隠せない様子だった。
エマは微笑みを浮かべながら、ルイとリーナのやり取りを見守っていた。冷たい空気が肌を刺すようだったが、目の前に広がるグレイシャルムの美しさに心が高鳴った。
「行こう。グレイシャルムはすぐそこだ」
ルイが前を向いて歩き出し、エマとリーナもその後に続いた。三人の足跡が雪の上に続き、静寂の中に微かな足音だけが響いていた。




