52. 憎悪
アレクサンドラの放った巨大な雷の剣が、エマの頭上に迫る。彼女は動けず、目を閉じるしかなかった。だが、その刹那、周囲の空気が震え、稲妻が放つ光でアレクサンドラの放った雷の剣は一瞬で消え去った。
「……何?」
アレクサンドラが驚愕の表情を浮かべた瞬間、屋上全体に凄まじい魔力が満ちる。その中心には、冷たい怒りを湛えたルイが立っていた。
「誰が……エマに手を出していいと言った?」
ルイの声は低く、しかしその響きには圧倒的な威圧感があった。
彼の瞳は燃えるような青い光を帯びており、周囲の魔力が彼に吸い寄せられるかのようだった。手には杖を持っていないにもかかわらず、雷の剣を一瞬で消し去るほどの魔力を纏っている。
リアナはその場で膝をつき、耳を押さえながら震えた。
「こんな……魔力量、冗談でしょ……」
リアナの体はルイの魔力の圧に耐えきれず、ついに気絶してしまう。
アレクサンドラ、リチャード、セリアの3人も明らかに動揺している。アレクサンドラが震える声で言った。
「あなた、一体……何者なの?」
ルイは一歩前に出るごとに、空気がさらに重くなる。彼の周囲で小さな稲妻が踊り、魔法そのものが形を成しているようだった。
ルイが手を軽く動かすだけで、リチャードが足元を崩され、尻もちをつく。セリアも息を呑み、後退する。
「ルイ……」
エマはかすれた声で彼を呼ぶ。さっきまで倒れていたはずのルイが、どうしてこんなにも力強く立っているのか、彼女には理解できなかった。
だがその時、エマの視界に倒れている誰かの姿が入った。彼女が思わず凝視すると、それは教授らしき年配の男性だった。着ているローブはアルカナ魔法学校のものだが、明らかにルイではない。
「え……?」
エマの目が驚きに見開かれる。
ルイはその視線を追うように一瞬だけ男性の姿を見たが、すぐに敵たちに向き直った。
「お前たちのやり方には限界がある」
ルイの怒りに呼応するように、屋上の空気がさらに重くなる。アレクサンドラが杖を掲げるも、その手が震え、魔法を発動できない。
「リチャード、セリア、撤退するわ!」
アレクサンドラが叫ぶ。しかし、ルイはそれを許さなかった。
「まだ終わりじゃない」
ルイが手を掲げると、周囲の魔力が螺旋状に渦を巻き、アレクサンドラたちを取り囲む。
ルイの周囲で渦巻く魔力が次第に激しさを増し、周囲の空間そのものが揺らめく。彼の瞳が輝きを増し、その声が低く、だが力強く響き渡る。
「アヴァランティス・エクスプローゼム!」
ルイが呪文を唱えると同時に、膨大な魔力が一気に解放された。空間全体が眩い閃光に包まれ、アレクサンドラ、リチャード、セリアを囲む建物の一部が轟音とともに崩壊し、吹き飛ばされる。
衝撃波は凄まじく、周囲の屋根瓦や壁が粉々になり、風圧が地面を舐め尽くすように吹き抜けた。空中には破片が飛び交い、遠くまで響く爆音が空を裂いた。
アレクサンドラたちはその衝撃に翻弄され、身を守る暇もなく遠くへ吹き飛ばされる。
「き、貴様……!」
アレクサンドラがかすれた声で怒鳴るが、その声もすぐにかき消される。
アーク・カレッジの屋上には深い静寂が訪れた。
しかし、その静けさは一瞬のことだった。ルイの胸元に輝くソルヴィールが邪悪な光を放ち始めた。暗い紫色と黒のオーラが彼の体から漏れ出し、周囲の空気を歪める。
ルイの瞳には怒りと憎悪が燃え上がり、その姿はまるで別人のように冷酷だった。
「許さない……」
低い声で呟くと、ルイは指を鳴らした。
空気が唸り、先ほど吹き飛んだはずのアレクサンドラ、リチャード、セリアの三人が魔法によって屋上へと引き戻された。彼らは衝撃を受けたように地面に崩れ落ちる。
「まだ終わっていない。お前たちは、ここで償うんだ」
ルイの声は冷たく響き、その手には暗黒の魔力が集中し始めた。彼の周囲に渦巻くエネルギーがさらに膨れ上がり、屋上の床がひび割れ始める。
「ルイ、やめて!」
エマは焦りと恐怖で叫んだが、彼の耳には届かない。
ルイの手が振り下ろされる寸前、エマは恐れることなく彼に向かって駆け寄った。そしてそのまま、彼の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。
「ルイ!」
エマの叫びがルイの耳に届いた瞬間、ほんの一瞬だけルイの動きが止まった。その隙にエマは彼をさらに強く抱きしめた。
「わたしはもう大丈夫……ルイ、お願い、正気に戻って!」
エマの声は震えていたが、その抱擁からは彼への信頼と温かさが伝わってきた。その瞬間、エマのソルヴィールが鮮やかな光を放ち始めた。
暖かく、優しい光が二人を包み込み、ルイの邪悪なオーラを押し返していく。
「ルイ、あなたはこんなことをする人じゃない……!」
エマの声が彼の心に届き、彼の瞳が少しずつ冷静さを取り戻していく。
ソルヴィールの光が彼の体を浄化するように包み込み、やがて邪悪なオーラは完全に消え去った。ルイは膝をつき、疲れ切ったように息をつく。
「エマ……」
彼は小さく彼女の名を呼び、その手が震えていることに気づいた。
エマは彼を後ろから抱きしめたまま、そっと耳元で囁いた。
「大丈夫だよ、ルイ」
優しい光の中、二人はただ静かに立ち尽くしていた。屋上には再び静寂が訪れ、ルイの怒りに怯えていた魔法連盟の三人も声を失っていた。




