3. ロンドンでの生活
ブラウン一家はロンドン南東部の町、グリニッジに住んでいる。グリニッジには広大な公園があり、教育環境が充実していて、さらには中心部へのアクセスも良いため、ファミリー層に人気のエリアだ。
ルイを連れて、ブラウン一家はテムズ川沿いに位置する自宅マンションへと戻ってきた。
「自分の本当の家だと思ってね」
心優しいエマの母親エミリーは、ルイの滞在を快く受け入れたのだった。そして、ルイにとっても、エマにとっても、新しい生活が始まったのである――。
ルイがブラウン一家の自宅に住み始めて1週間が経過した頃、少しずつ彼のことがわかってきた。
ルイは今年で6歳の少年。つい最近自宅が強盗に襲われ、家が全焼する中、一人で逃げてきたのだとか。親戚はいるものの、とても遠くに住んでいるらしい。
ブラウン夫妻は、警察に相談するつもりでいたが、ルイが頑なに拒否したため、しばらくはこのまま一緒に暮らすことにした。ルイは、どうやらロンドンで通いたい学校もあるらしい。逃げてくる際に持っていたカードでお金もそれなりに下ろせるのだとか。ブラウン夫妻も、IT関係の仕事をしていて高所得世帯であるためお金には多少余裕がある。
ブラウン夫妻の自宅マンションには余っている部屋もあったため、そこをルイの部屋とした。ルイの部屋は、エマの部屋の隣で、ルイが自宅に住み始めてから、エマは毎日ルイを遊びに誘った。
エマの最近のブームはごっこ遊びで、お医者さんごっこ、お店屋さんごっこ、おままごと、電車ごっこなど、毎日違うごっこ遊びをしていた。遊びといっても、ルイは隣にいるだけで、ほとんどエマが一人で遊んでいたのだが、それでもエマは楽しかった。
「ねえ、今日もごっこ遊びにしようよ!」
「今日は何ごっこ?」
「うーん、魔法使いごっこ!」
「いいよ」
「やった! 杖持ってくるから待っててね」
そう言って、エマはリビングに何かを取りに行った。
ルイの部屋に戻ってきたエマは、「こっちがルイくんの杖ね」と言って何かを差し出した。そして、ルイは思わず笑い出した。渡されたものが、おもちゃの猫じゃらしだったからだ。
「これが杖? 猫がついてきてるし」
「あー! ルイくんが初めて笑ったー!」
ルイが初めて笑ったのが嬉しかったのか、エマはごっこ遊びのことをすっかり忘れ、そのまま二人でブリティッシュショートヘアの愛猫ルナと遊び始めたのだった。リビングから横目で二人を見ていたブラウン夫妻も、ルイが笑って嬉しそうにしている――。
しばらくして、ルイもロンドンで小学校に通い始めた。ルイは行きたかった学校に、自分で手続きをして編入したらしい。ルイは何でも自分でやる少年で、平日にルイが一番に帰宅した際は、家の家事までもほとんど済ませてくれる。ブラウン夫妻は大助かりだ。
ある日のこと、今日もエマがルイの部屋を覗き込んで遊びに誘っている。
「ねえ、魔法使いごっこしようよー!」
「ルナと遊ぶの?」
「違うよ〜、呪文を唱えてモノを浮かせるの!」
「じゃあ呪文を勉強しないと」
「勉強〜?」
そして、ルイは部屋の隅に置いてあったカバンの中から古びた外観の本を取り出し、エマに渡した。
「なにこれ?」
「魔法書。具体的には呪文書だ」
「すごーい! 本物みたい!」
「モノを浮かせる魔法はこのページかな」
「すごいすごい! 魔法の勉強ができるなんて夢みたい!」
「そんなに嬉しいなら、この本貸してあげるよ」
「いいの? ありがとう!」
エマは嬉しそうにしながら、その場で魔法書を読み始めた。それからすぐに、エマは近くにいたルナの方を向いて呪文を唱えた。
「ライゼン!」
エマは真剣な顔で呪文を唱えたが、ルナは床でゴロゴロと転がったままだった。そしてエマは笑顔になり、また魔法書を読み始めた。ごっこ遊びをしたかったエマは、心から楽しんでいるようだ。
「いつか杖もあげるよ」
「ありがとう! でも杖のおもちゃはね、先が尖ってて危ないってお母さんが言ってた」
「大きくなったら大丈夫だよ」
「そうだね!」
こうしてエマは、毎日のように魔法書を読むようになった。