25. 逆鱗
エマが呆気にとられていると、すぐそばにいたクローキャットのクロが突然何十倍ものサイズに膨れ上がった。黒い毛並みが逆立ち、深く低い唸り声を上げて威嚇している。
魔法精霊のヴィラも普段の優しい様子とは一変し、鋭い眼差しでこちらを見ている。
「クロ、ヴィラ、どうしたの? もう大丈夫だから落ち着いて!」
エマが声をかけた瞬間、足元でかすかな音がし、シュッと影が現れた。そこにはルイが立っていた。だが、彼の雰囲気はいつもとはまるで違っていた。鋭い目つきと漲る魔力が空気を重くし、杖をエマに向けている。
「エマ、そこから動くな」
低く冷たい声に、エマは目を見開く。
「ルイ! あのね、ルイがくれた髪飾りのおかげで――」
話しかけようとしたその時、カイが自分に杖を向けていることに気がついた。
「え……カイ?」
エマの声が震えた。
「そこで気絶している学生を操っていたのはお前だな、カイ・ファルディオン」
ルイの声は怒りに満ちていた。紫色の魔力が彼の体から漏れ出し、周囲にゆらめいている。
「そうだ。でも、だれも傷つけていない。それにエマを傷つけるつもりもない。ただ……君が僕に情報をくれれば、それでいい」
ルイの眉が一瞬動いたが、すぐにその表情は厳しいものに戻った。
「だれも傷つけていない? エマは、自分のせいで関係ないやつらが襲われたと思い、苦しんでいた。お前はいったい何がしたい?」
カイはほんの少しだけ俯いた後、意を決したようにルイを見据えた。
「僕は……『レクス・ソルヴィール』を探している」
その言葉に、ルイの表情がわずかに揺れた。
「レクス・ソルヴィール……?」
「そうだ。この学校のどこかに必ずある。だれかが隠し持っているか、あるいはどこかで保管されているはずだ。アーク・カレッジの魔法使いなら、何か知っているに違いない!」
「つまり、お前の本当の目的はレクス・ソルヴィールで、人間探しはただの隠れ蓑だったというわけか。そして、その情報を得るために俺と親しいエマに近づいた……そういうことだな?」
カイは躊躇なく頷いた。
「その通りだ! 入学前からエマが君と一緒にいるところを見た!」
一瞬の沈黙の後、ルイの体からさらに強烈な魔力が放たれた。空気が震え、空間に細かなヒビが入る音が響く。
「どんな理由があろうとも、俺の家族を傷つけたやつは許さない」
ルイが杖を振り上げ、放たれる魔法の気配にエマは息を呑んだ。だがその瞬間、空中に現れた影が二人の間に割り込んだ。
「フォ〜フォッフォッ。学校全体を破壊するつもりかね? ルイ・ブラウンくん」
現れたのは、以前エマが魔法生物の飼育施設で出会った老人だった。その姿は場の空気を変え、エマもカイもルイも動きを止めた。