206. 古代魔法具の運命
「ルイ、大丈夫なの?」
起き上がったルイに、エマは心配そうに声をかけた。
「大丈夫だ。エマのおかげでな」
「なら良かった」
ルイはそう言うと、気を失った学長のもとへ歩み寄る。エマもそれに続いた。
学長の首にかかるレクス・ソルヴィール。地面に落ちた緑の古代魔法具。さらに時の古代魔法具。ルイはそれらを拾い上げた。
「残るは水の古代魔法具だけだね」
エマがルイに言うと、ルイは頷く。
「おそらくユザリアにあるだろう。心配ない」
「うん」
「それよりも、やるべきことがある」
ルイはそう言うと、拾い上げた時の古代魔法具を首にかけた。
エマは、時の古代魔法具がルイを拒絶しないか心配しながら見つめる。しかし――問題なく、ルイはそれを身につけることができた。
「時の古代魔法具を使うの?」
「ああ。空中都市エテルの時間を戻す」
ルイは杖を掲げ、呪文を唱えた。
次の瞬間――
空中都市エテルの崩れた地面や壊れた建物が、みるみるうちに元の姿へと戻っていく。
エマやニヴェラをはじめ、空中都市エテルにいた人々は、一瞬の出来事に息をのんだ。
「ルイ、まさか……時の古代魔法具を使ったのか!?」
遠くからニヴェラが駆け寄り、驚いたように叫ぶ。
「ああ。これでオルケードも元に戻せそうだ」
ルイの言葉に、ニヴェラは目を見開き――そして、すぐに嬉しそうに笑った。
「さすがだな、ルイ」
その言葉を受け、ルイはふっと笑うと、エマの方へと向き直った。
「もう古代魔法具を破壊する必要はなくなった。エマのおかげだ。本当に、ありがとう」
ルイの言葉に、エマは少し驚いたように目を瞬かせる。
「どういうことだ?」
ニヴェラが首を傾げた。
「エマが魂の古代魔法具を使って、すべての古代魔法具に魂を吹き込んだんだ。邪悪な者が使おうとすれば、古代魔法具自身がそれを拒絶する」
「魂を……だから風の古代魔法具や雷の古代魔法具が、生きているように感じたのか」
ニヴェラは納得したように呟く。だが――エマは考え込んでいた。
(本当に、これで古代魔法具を破壊しなくても大丈夫なのかな……)
「どうした、エマ?」
ルイが問いかけると、エマはゆっくりと口を開いた。
「ルイ……でも魂の古代魔法具だけは、邪悪な者が扱える可能性が残ってるんじゃない?」
「……可能性は低いが、確かにゼロではない」
ルイが静かに認めると、エマの中で決意が固まった。
「じゃあ、魂の古代魔法具だけは、破壊しよう」
「エマ……それは、お前のソルヴィールでもあるんだぞ? 人間であるエマの場合、もし壊してしまえば、これまで鍛え上げてきた魔力を完全に失う」
「また新しいソルヴィールを手に入れて、一からやり直せばいいよ」
「……しかし――」
「魂の古代魔法具を破壊すれば、もう古代魔法具を巡る争いは完全になくなる。だから、お願い!」
エマの言葉は、強い。
ルイはわずかに躊躇い――そして、決断するように息を吐いた。
「……本当に、いいんだな?」
「うん」
エマは迷いなく頷くと、首にかけていた魂の古代魔法具を外し、地面にそっと置いた。
「皆、悪いが、離れてくれないか?」
ルイがそう言うと、その場にいた者たちは一歩、また一歩と距離を取る。
エマもまた、少し離れ、見守った。
ルイは魂の古代魔法具に杖を向け――
低く、静かに、呪文を唱えた。
「ヴォルテックス・オブリヴィオン」
その瞬間、ルイの放った魔法が魂の古代魔法具を包み込む。
すると――
魂の古代魔法具が、悲鳴を上げるように激しく輝いた。
狂ったような轟音。
世界が崩れるかのような衝撃。
そして―― 天然石が砕け散る。
――終わった。
そう、思った瞬間だった。
突如、破壊されたはずの魂の古代魔法具から膨大な魔力が溢れ出す。
次の瞬間、その魔力がエマを直撃した。
「エマ!!」
エマの体が宙に浮き――吹き飛ばされる。
ルイは、血の気が引くのを感じながら、駆け寄った。
「エマ! エマ、大丈夫か!?」
しかし――
エマは意識を失っていた。
足元には、粉々に砕けた魂の古代魔法具。
だが、その破壊がもたらした代償は―― 決して小さくなかった。