205. 魂の古代魔法具
そして、現在――。
エマはルイの死体を抱きしめ、震える手でその顔を撫でた。彼の目は閉じられ、唇は冷たく固まっている。
しかし、かつて見たことのないほどその顔は安らかな表情を浮かべていた。
エマにとっては、それこそが最も痛々しい現実だった。
「お願い、目を開けて……ルイ」
涙が止めどなく流れ落ち、エマはただただ無力感に包まれていた。ルイの冷たい体を支えながら、彼にみせてもらった記憶がフラッシュバックする。
あの日、アルカナ魔法学校の学長室での会話。
学長とルイが語った「魂の古代魔法具」の真実。そして、最も大事なこと――ルイが、エマにその力を託したこと。
記憶の中でルイの声がエマの耳に響く。
「ルイ……」
エマは、無意識に自分のソルヴィールを握りしめた。
すると、古代魔法具の力が反応し、ソルヴィールが微かに光りだす。エマはその光に包まれながら、強く願った。
「お願いだから、目を開けて……!」
その瞬間、エマの涙がルイの顔に落ちる。その涙が、魂の古代魔法具の力を呼び覚ました。
ソルヴィールから放たれた光が、エマの涙と交わり、ルイの体に浸透していく。
あたかも命が戻るかのように、ルイの顔に色が戻り、冷たかった体が温かくなり始める。
そして、静かな息がルイの胸から再び聞こえる。
エマは目を見開き、驚きと喜びの入り混じった表情で彼を見つめた。ルイの手がわずかに動き、エマの名前を口にする。
「エマ……?」
その声に、エマは我慢できずに号泣した。
「ルイ……ルイ! 本当に……本当に、よかった!」
涙が止まらず、エマはルイの顔を見つめながら、ただただその存在に感謝した。
「ありがとう……ありがとう、ルイ!」
ルイはしばらくエマの腕の中で目を開けることができなかったが、徐々に意識が戻り、彼の瞳がエマを見つめた。
「エマ……まさか、魂の古代魔法具を……」
「ルイ、信じてくれて……託してくれて……戻っきてくれて、本当にありがとう……!」
エマは言葉を切らし、ただその手を強く握りしめた。彼を再び目の前に感じ、エマは心から安堵していた。
ルイが蘇ったのだ。
「ルイ……本当に、生きてるんだよね?」
エマは震える声で問いかけた。ルイは微笑み、かすかに力の入った手でエマの頬を撫でる。
「……ああ、戻ってきたよ」
近くにいたニヴェラも、目の前の出来事が信じられずに、喜びと驚きの表情をしている。
しかし、突如、誰かが叫び始めた。
「な、なんだ!? これは……!」
リアナたちに拘束されている魔法連盟の幹部、リチャードだ。
彼の首にかけられた、ルイに破壊されたはずの緑の古代魔法具。その破片が集まり始め、命を吹き込まれたかのようにもとに戻っていく。
破壊され、地面に転がっていた時の古代魔法具と闇の古代魔法具も同様に、破片が集まり、みるみるうちにもとに戻り、強い輝きを放つ。
「ぎゃーーー!!」
リチャードは悲鳴をあげた。生き返った緑の古代魔法具が、リチャードを拒絶したのだ。
緑の古代魔法具は、緑色の強烈な光を放つと、リチャードの体が崩れ落ちるように、みるみるうちに消えていった。
間近に立っていたリアナ、リーナ、セオは驚愕した。
すると、ニヴェラは何かに気づいた様子でつぶやいた。
「風の古代魔法具と雷の古代魔法具が……生きている? どうなっているんだ?」
ニヴェラは、首にかけている風の古代魔法具と、胸元から取り出した雷の古代魔法具を手で持ち、それらをじっと見つめていた。
「それは――」
ルイが口を開き、何かを言おうとした瞬間、突如、空間が歪み、次の瞬間には一人の人物がそこに立っていた。
足元から魔力の波動が広がり、威圧感が場を支配する。
「――随分と派手にやってくれたようね」
静かに響く声。それだけで場の空気が張り詰めた。
現れたのは、魔法連盟のトップ、アレクサンドラだった。
「くっ……!」
反乱軍のリーナとセオがすぐさま杖を構える。だが、アレクサンドラは微動だにせず、冷静な視線を二人に向けた。
「……落ち着きなさい。戦いは、すでに終わっている」
その言葉に、場の空気がわずかに緩む。しかし、依然として誰も油断はできなかった。
アレクサンドラはゆっくりと場を見渡した後、反乱軍のリーダーであるセオに視線を向ける。
「全て見ていたわ」
その一言が、圧倒的な重みを持って響く。
「魔法連盟の幹部が闇の魔法使いと繋がっていた……これは許されざる事実」
アレクサンドラは小さく息をつくと、ゆっくりと言葉を続けた。
「……魔法連盟の現幹部は、全員辞任させます。そして、組織の再編を約束します」
その宣言に、リーナとセオは目を見開いた。
「本当に……?」
リーナが半ば信じられない様子で尋ねる。
「当然です。今のままでは、魔法連盟は崩壊する。改革は避けられない」
アレクサンドラの言葉は、冷静かつ的確だった。それだけでなく、彼女の目には確固たる決意が宿っている。
やがて、戦場に静寂が訪れる。
誰もがまだ実感を持てずにいたが――戦争は、終わったのだ。
終戦が告げられ、遠くでは、魔法連盟も反乱軍も、それぞれの負傷者を支え合いながら、互いに無事を確かめ合っていた。
エマはルイの隣に座り込み、彼の手をそっと握る。
「ルイ……」
ルイは弱々しくも微笑みながら、エマの手を握り返した。
「……エマ、ありがとう」
その言葉を聞いた途端、エマの目から涙がこぼれる。
空はいつの間にか晴れ渡り、戦いの煙が消えていく。
戦争は終わり、ようやく、平和が訪れようとしていた。