204. ルイの記憶
四年前――。
アルカナ魔法学校の学長室。
重厚な扉を押し開け、ルイは足早に室内へと踏み込んだ。その額には汗が滲み、瞳には焦燥の色が濃く宿る。
「ルイくん」
学長の静かな声が響いた。彼の傍らでは、炎を纏った魔法生物がゆらりと瞬きしながら、ルイを見つめている。
「……取り返してきました」
息を整えながら、ルイは手をかざした。すると、淡い光と共に、一つの魔法具が宙に浮かび上がる。
「闇の魔法使いに奪われかけた、魂の古代魔法具――『エターナ・ソルヴィール』を」
しかし、その声には悔しさが滲んでいた。
「けれど……俺は、これに触れることができません」
「……やはりか」
学長は静かに目を閉じる。
「フェルマール家の者ならば、最強の古代魔法具『レクス・ソルヴィール』ですら扱える。それなのに、この魔法具には触れることすらできない」
「学長、理由をご存知なのですか?」
「魂の古代魔法具は、ただの道具ではない。この世界で唯一――生きた魔法具なのじゃ」
「まさか……!」
「そう。魂の古代魔法具は、それを持つ者を自ら選ぶ。受け入れることもあれば、拒むこともある」
「つまり……俺は拒絶された、ということですね」
ルイの表情が曇る。学長は深く頷いた。
「そうじゃ。そして、これまで魂の古代魔法具に選ばれた者は、一人もおらん」
ルイは息を呑む。
「……そもそも、なぜ魂の古代魔法具が作られたか、ルイくんは知っておるか?」
「……永遠の命を与える可能性があると聞いたことはあります」
「確かに、そう言われておる。しかし、それが目的ではなかった」
「では?」
学長は目を細め、静かに続ける。
「フェルマール家は、魔法界と人間界が共存する未来を願い、そのためにソルヴィールを生み出した。しかし――」
ルイは息を詰まらせる。
「古代魔法具であるソルヴィールはあまりに強大な力を持ちすぎた。扱う者次第で、世界を救うことも、滅ぼすこともできる」
「……」
「魂の古代魔法具は、その危険を防ぐために作られたのじゃ」
「防ぐ……?」
「魂の古代魔法具を持つ者がある魔法を唱えれば、その者の魂が反映され、全ての古代魔法具に意思が宿る。その魂の持ち主が善であれば、全ての古代魔法具は正しき者の手にしか応じなくなる。しかし、邪悪な者がそれを扱えば――」
「……すべてが、闇の魔法使いの手に落ちる」
「そういうことじゃ」
ルイは拳を握りしめる。
「……それで、どうすれば?」
「人間じゃ」
「……人間?」
「魔力を持たぬ人間ならば、魂の古代魔法具を扱えるかもしれん」
「人間に!? そんな……!」
「魂の古代魔法具は、持つ者の魔力を基準にして選別しておる。ならば、魔力を持たぬ者ならば、あるいは――」
「ですが、それは危険すぎます!」
「一か八かの賭けじゃな。しかし、もし魂の古代魔法具を扱える者が現れれば、フェルマール家が願った未来が実現するかもしれん」
ルイは、唇を噛みしめた。
「ルイくんと暮らしているエマという少女……どうじゃ?」
「ダメです!」
即答だった。
「エマだけは、巻き込みたくありません」
「……ならば、彼女に託すべきじゃ」
「――っ!」
「魂の古代魔法具を持つことは、同時に彼女自身の守りにもなる。ルイくんと関わった時点で、彼女が闇の魔法使いに狙われる可能性は、すでに十分にある」
「それは……」
「エマくんが魂の古代魔法具に触れられるかどうか、確かめればよい。いずれにせよ、アルカナ魔法学校に通わせ、魔法を学ばせるのじゃ」
「エマを、魔法学校に?」
「自分の身は、自分で守れるようにしておくべきじゃ。もちろん、彼女にはこれはただの魔法具だと伝えればよい」
「……」
「やがて、全ての古代魔法具を巡る争いが起こる。その時、魂の古代魔法具を扱える者がいれば、道は開ける」
「……それでも、エマに全てを託すのは反対です」
「わかっておる」
学長は微笑む。
「だからこそ、もしもの時に備え、古代魔法具を破壊する方法も探しておくべきじゃな」
――ルイが死ぬ直前、エマに見せた記憶は、そこで静かに途切れた。