199. 絶望の影
ノスヴァルドの邪悪な笑みとともに、黒い魔力が渦を巻き、あたりの空気が歪んだ。魔力の波が広がるたびに、地面がひび割れ、空すらも暗く沈んでいく。
「来るぞ!」
ルイが低く叫ぶと同時に、始まりの杖を振りかざした。杖の先が光を帯び、雷鳴のような音が響き渡る。
「エクス・アウロラ!!」
純白の光が放たれ、ノスヴァルドへと一直線に向かう。しかし、ノスヴァルドはただ笑うだけだった。
「なかなかやるねえ……」
彼が手を軽く振ると、黒い渦が光を飲み込み、霧散させてしまう。
その瞬間、ニヴェラが動いた。彼女の背後に現れたのは、眩い光をまとった女神の精霊――その神聖な羽が宙を舞い、周囲に温かい光を振り撒く。
「カエルム・アウレウム!」
ニヴェラが詠唱すると、精霊が黄金の矢を放つ。ノスヴァルドを取り囲む黒い魔力にぶつかると、光と闇がぶつかり合い、激しい衝撃波が生まれた。
「ハハッ! その程度じゃ倒せないよ!」
ノスヴァルドが笑いながら手を掲げると、黒い炎が舞い上がり、光の矢を飲み込んでいった。
「ルーメン・スプレンデンス――!」
リーナとセオが声を合わせ、二人の魔法が同時に解き放たれる。純白の輝きが放たれ、まるで太陽のようにノスヴァルドを包み込んだ。
しかし――
「甘いねえ」
次の瞬間、黒い魔力が爆ぜ、リーナとセオの光が押し返された。
ノスヴァルドの背後に見えたのは――闇そのもの。まるで生きているかのように渦巻く黒い霧が、不気味な気配を放っていた。
そのときだった。
「グルルル……」
クロが低く唸る。
いつもの小さく愛らしい姿ではない。数倍もの大きさに膨れ上がり、漆黒の翼を広げ、鋭い爪を突き立てるように構えていた。
「クロ……」
エマが思わずつぶやくと、クロはゆっくりと彼女を振り返る。普段の優しげな瞳は、今は鋭い獣の目になっていた。しかし、そこには確かにエマを守ろうとする意志があった。
そして――エマは覚悟を決めた。
「いくよ、クロ」
エマは杖を取り出し、呪文を唱えた。
「ヴォクス・ナトゥラエ――!」
その瞬間――空が裂けた。
「――!?」
ノスヴァルドが目を細める。
海から、空から――巨大な魔法生物たちが現れ、ノスヴァルドを取り囲んだ。
空を覆うように現れた巨大な鳥。海から姿を現した神秘的な魔法生物。地を揺るがすように現れた幻獣――。
それらが、エマの呪文に呼応するように咆哮し、ノスヴァルドへと一斉に襲いかかる。
「ハハッ……なんと素晴らしい魔法だ!」
ノスヴァルドは驚きながらも愉快そうに笑った。
「なるほど、エマ。ますますお前が欲しい……!」
しかし――
「何を遊んでいるの」
その場の空気が、一瞬で張り詰める。
突如として現れたのは、時の古代魔法具を探しに行った時に遺跡で遭遇した少女だった。
細身の体に、漆黒のローブ。冷たい瞳を持ち、ノスヴァルドの隣に立つと、彼を見上げる。
「私が片付けてあげるわ」
次の瞬間――
ドンッ!!
轟音が響いた。
巨大な魔法生物たちが、一瞬にして吹き飛ばされたのだ。
「……何?」
エマが信じられない表情で目を見開く。
驚愕するエマたちを前に、少女は冷たく微笑んだ。
「お遊びはここまでよ」
戦局が、一瞬にして覆った――。