197. 終戦
黄金の輝きが静かに収束し、空中都市エテルは元の姿を取り戻していた。
崩壊の危機は去ったが、その場にいた全員が、今の出来事を信じられずにいた。
そして、誰よりも驚いていたのは——エマ自身だった。
「エマ、今の魔法はなんだ!?」
ニヴェラが真っ先に声を上げる。
その表情には驚きと、ほんの少しの警戒が混じっていた。
「えっと……わからない」
エマは戸惑いながら答える。
「わからない!?」
ニヴェラは思わず目を見開いた。
ルイが一歩前に出る。彼の蒼い瞳が、冷静にエマを見つめた。
「エマ、未来で知った魔法か?」
未来——
エマは、一度目を閉じ、未来で見てきた出来事を必死に思い出す。
だが——
(そんな魔法、未来でも見たことない……)
「未来の自分が知ってた呪文なのかな……わからないけど、咄嗟に思いついたの」
言葉にしながらも、自分でも信じられなかった。
呪文は、魔法の理論に基づいて学ぶもの。
突発的に発動できるものではない。
それなのに、今の魔法は——
まるで、自分の中にずっと眠っていた何かが、勝手に目を覚ましたようだった。
「まさか、無意識に未来の魔法を……?」
ニヴェラが息をのむ。
その時——
「お前……今の魔法は一体……?」
重い足音とともに、反乱軍のリーダーが現れた。
肩を押さえながらも、まっすぐエマを見据えている。
その視線には、困惑と、確かな畏怖があった。
「……!」
エマが言葉を探していると、さらに別の声が響いた。
「エマ……今の、あなたの魔法?」
振り向くと、リーナも駆け寄ってきていた。
風に乱れた髪を押さえながら、真剣な眼差しを向けてくる。
「リーナ……」
リーナもまた、何かに気づいているようだった。
——エマは、自分の中で目覚めた未知の力に、今さらながら恐怖を覚え始めていた。
その時、突如、風を切る音とともに誰かが瞬間移動で現れた——アルカナ魔法学校の学長だった。
「だれだ!?」
ニヴェラが素早く身構える。
しかし、学長は穏やかに微笑み、ゆっくりと口を開いた。
「さて、戦いは終わったようじゃな」
その言葉とともに、視線を反乱軍のリーダー——セオへと向ける。
「反乱軍のリーダー……セオよ。どうやら、おぬしらの勝ちのようじゃ」
倒れた魔法連盟の幹部たちが、周囲に散らばっている。
学長は周囲を見渡しながら、静かに杖を掲げた。
「ワシは怪我人の治療を始めるとしようかのう」
「手伝います」
ルイが即座に申し出る。
だが——。
エマは、じっと学長を見つめていた。
(……何かが違う)
見た目も声も、いつもと同じ。
振る舞いにも不審な点はない。
けれど、エマの胸に、得体の知れない違和感が広がっていく。
まるで——目の前にいる人物が、本当に学長なのか確信が持てないような感覚。
「エマ?」
ルイが訝しげにこちらを見た。
「どうした?」
エマは一瞬、言葉を飲み込んだ。
この違和感の正体を説明することはできない。
けれど、無視することもできなかった。
「……なんでもない」
そう答えながらも、エマの中で疑念が膨らんでいく。
(——本当に、この人は学長なの……?)