184. 未来で
次に目を覚ましたとき、エマは冷たい石の床に倒れていた。
「……ここは……?」
ぼんやりとした視界の中、周囲を見渡すと、古びた石造りの部屋の中にいた。
窓はなく、唯一の出口と思われる頑丈な扉が目の前にある。
手を動かそうとしたが、冷たい金属の感触が腕にまとわりつく。
「これは……」
エマの両手首には、見たことのない魔法陣が刻まれた手枷がはめられていた。
「魔力封じ……?」
足音が近づく音がした。
扉が重々しく開き、数人の男たちが姿を現した。その中の一人、長いローブを羽織った魔法使いがゆっくりとエマに近づく。
「目が覚めたようだな、エマ」
エマはぎゅっと唇を噛みしめる。
「あなたは……誰?」
「私の名は関係ない。だが、お前のことはよく知っている」
男の目が鋭く光る。
「お前がこのまま生き続ければ、いずれ魔法界に災いをもたらす。だから、おとなしくしてもらう」
「……何を言ってるの?」
「魔法界にとって、お前は危険な存在だ。だから——」
男が手を挙げると、再び魔力の波動が走った。
エマの体がずしりと重くなり、再び意識が遠のいていく。
しかし——。
エマの内側から突き上げるような熱が走った。
(……なに、この感じ……)
反射的に魔力を込めると、瞬く間にエマの周囲の空間が震え、壁が軋みを上げる。
バチッ!
眩い閃光とともに、圧倒的な魔力が弾けた。
手枷に刻まれた魔法陣が砕け、強烈な衝撃波が部屋全体を揺るがす。
眼の前の男たちが驚愕の表情を浮かべ、立っているのがやっとの状態になった。
「なっ……こいつ、魔力を封じていたはず……!」
「どうして……っ!」
彼らの膝ががくりと折れ、床に手をつく。その顔には明らかな恐怖が宿っていた。
しかし、エマはふと我に返る。
(あれ……? 私、ソルヴィールを身に着けてないのに、魔力が……ある!? どうなってるの!?)
そのとき——。
バチッ、と青白い雷光が弾けた。
次の瞬間、部屋の中の空気が凍りつく。
――圧倒的な魔力。
それを感じ取った瞬間、エマの目の前で何かが弾けるような音が響いた。
ローブの男たちが次々と吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
残った数人が慌てて杖を構えるが、その動きよりも速く、青白い刃のような魔力が奔り、彼らの杖ごと弾き飛ばす。
「こ、この魔力……!」
男たちは必死に立ち上がろうとするが、膝が震え、崩れ落ちる。
エマはその光景を呆然と見つめた。
部屋の入り口に、青白い光を纏うルイが立っていた。
「ルイ……!」
エマが名前を呼ぶと、彼はほんの僅かに微笑んだ。
しかし、次の瞬間、彼の表情は険しくなり、鋭い視線で倒れ込んだ男たちを一瞥する。
「……時間がない」
ルイが手を振ると、周囲に残っていた魔力が吸い込まれるように消えていく。
そして、彼は素早くエマのもとへ歩み寄り、軽く手をかざした。エマの周りに残っていた魔力の余波が静かに霧散する。
「エマ、大丈夫か?」
その優しい声に、エマは胸が熱くなる。しかし、彼の目の奥に浮かぶ切なげな光に気づき、不安が胸をよぎった。
ルイは少しだけ躊躇うような仕草を見せた後、ふっと短く息をついた。
「エマ、ここでお別れだ」
「えっ……?」
ルイの言葉が信じられず、エマは彼の顔を見つめた。
「未来で知ったこと、見たことは、誰にも言うな」
彼の声は穏やかだったが、その裏に何かを決意したような固い意思が感じられた。
「未来でまた会おう」
その言葉とともに、ルイは呪文を唱える。
「クロノス・ディアヴァシ」
その瞬間、青白い光がエマを包み込む。
「ルイ……待って……!」
必死に手を伸ばそうとするが、体はもう力を失っていた。視界がぼやけ、意識が遠のいていく。
最後に見えたのは、優しく微笑むルイの姿だった。
エマの視界は、ゆっくりと闇に沈んでいった――。