183. 二人きり
気づくと、エマはルイとともにどこかの部屋にワープしていた。
シンプルながらも威厳を感じさせる部屋。壁には重厚な装飾が施され、空気にはどこか張り詰めた緊張感が漂っている。
「ここは……?」
「知らないほうがいい」
「……わかった」
「少しここで待っていてくれ」
「うん。……あ、そういえば、私のソルヴィールは?」
「必要ない」
「無いの……?」
「ロンドンの家に置いてある。心配するな」
「そっか……」
ルイは一瞬躊躇った後、低い声で付け加えた。
「エマのソルヴィールは、あれから色が変わっている。見ないほうがいい」
「え……」
「気にするな」
「そんなこと言われたら余計に気になるよ……」
「すぐ戻る」
そう言い残し、ルイは部屋を後にした。
エマは一人、静まり返った部屋でため息をつく。
「うーん……窓の外も見ないほうがいいのかな?」
ぼそっと呟くが、誰からの返事もない。
ルイの言葉が頭の中で繰り返される。
(私のソルヴィールの色が変わった……何か才能に目覚めたってこと? それに――ルイが服の下に隠しているソルヴィール。あれはレクス・ソルヴィールなのかな?)
知りたい。
でも、知ってはいけない。
未来を変えてしまうかもしれないから。
エマはじっと座り、ルイの帰りを待つことにした。
少ししてから、エマのいる部屋の扉がノックされた。
「ルイ?」
エマがそう言いながら扉を開けると、そこには見知らぬ男性が立っていた。
「エマさん?」
男性は穏やかな笑顔を浮かべ、親しげに話しかけてくる。
「ルイさんと一緒にロンドンへ行ってませんでしたっけ?」
(この人、誰……? でも、私の名前を知ってるし、ルイとも関係があるみたい……)
警戒しつつも、エマは笑顔を作って答えた。
「ちょっと用事があって」
「そうなんですね。あ、そうだ! ちょっとお願いしたいことがあるんですけど、少しだけ付き合ってもらえませんか?」
「ごめんなさい、今ルイを待たないといけないので――」
「すぐ終わるんで、大丈夫ですよ!」
男性は強引に言葉を重ね、一歩踏み出してくる。
「でも――」
エマが断ろうとしたその瞬間、彼はぐいっとエマの腕を引いた。
「えっ――」
(力が強い……!)
突然の行動に、エマの心臓が跳ねる。
広い廊下へと引きずられながら、エマは初めてこの建物がただならぬ威厳を持つ場所だと気づいた。
(こんな場所だったんだ……でも、それよりも――)
「ごめんなさい! やっぱり部屋に戻ります!」
エマは咄嗟に男性の手を振り払うと、急いで部屋へと引き返そうとした。
「そうですか……残念だなぁ。せっかく二人きりになれたのに」
その言葉に、エマの背筋がぞくりと凍る。
(何なのこの人……)
「……では、また」
不自然な笑顔を浮かべながら、エマは扉に手をかける。
しかし――。
「テネブラエ・ソポリス!」
不意に背後から呪文の詠唱が響いた。
次の瞬間、眩い光が視界を覆い尽くす。
エマの意識は、深い闇へと沈んでいった――。