179. 未来
「お母様!!」
「母様!」
「疲れてるみたいだな」
そんな会話が聞こえる中、エマはゆっくりと目を開いた。
「あ、起きた!」
「お母様、大丈夫?」
「……へ?」
エマは目の前の状況が理解できなかった。
目の前には、六歳くらいの男の子と、三歳くらいの女の子が、自分を見上げながら「母様」と呼んでいる。
「疲れてるなら、二階で休んでていいぞ」
低く落ち着いた声に、エマは反射的に顔を向けた。そこにはルイが立っていた。
しかし——違和感があった。
ルイはルイだ。けれど、どこか違う。
彼の顔つきは以前よりも大人び、醸し出す雰囲気はまるで別人のようだった。
「エマ? 大丈夫か?」
「へ?」
「体調でも悪いのか?」
「お母様、お熱?」
「え、あ、いや……」
(待って……たしか私は……ノスヴァルドの部下と戦って、遺跡の門に入って——)
「どうしよう!?」
エマは思わず叫んだ。
「!?」
ルイと子どもたちが驚いて目を丸くする。
「あ、ご、ごめん。驚かせちゃったね」
取り繕うように笑うエマを、ルイはじっと見つめた。
「エマ、二階で少し休んでこい」
「う、うん。ありがとう」
エマは立ち上がり、部屋を出ると廊下を見回す。
「階段、どこ……!?」
焦りながら視線を巡らせ、ようやく階段を見つけると、駆け足で二階へと向かった。
(やばい、待って……ここ……未来だ!!)
心の中で叫びながら、二階の廊下を進む。
「どの部屋で休めばいいんだろう……」
とりあえず、目の前のドアを開ける。
「ここは……書斎?」
部屋の中には本棚が並び、魔法書とともに人間界の本も置かれていた。
「ここはイギリス……なのかな?」
疑問を抱きながら、本棚の背表紙を指でなぞる。ふと、ある一冊のタイトルが目に留まった。
――魂の古代魔法具。
「えっ……?」
エマは驚き、思わず本に手を伸ばしかける。
「——いや、それどころじゃない!」
慌てて手を引っ込めると、頭を抱えた。
(えっと、つまり……私はたぶん、未来に飛ばされて……)
脳裏に浮かぶ、大人びたルイと二人の子どもたちの姿。
男の子はルイによく似ていて、女の子の顔にはどことなく自分の面影があった。
「……ルイと結婚してる——!?」
エマの絶叫が、家中に響き渡った。