177. 時の狭間
エマの光の魔法が少女の体を包み込み、影の魔力をかき消していく。しかし、少女は口元を歪めながら、かすかに笑った。
「——いいわ。その光……もっと近くで感じてあげる」
次の瞬間、少女の影が地面に滲むように広がり、黒い霧のようなものが立ち上る。エマは息をのんだ。
「影の分身……!?」
霧の中から、少女の姿が幾つも現れる。まるで無数の影が彼女の姿を映し出しているようだった。
「さあ、どれが本物かしら?」
同時に四方から魔力の波動が押し寄せる。
エマは杖を強く握りしめた。どれが本物かわからない。だが、目の前の敵は、確かに強大な力を持っている。
影の少女たちが一斉に動き出した。
「エマ、避けろ!」
ルイはすでに周囲を囲まれ、四方から襲いかかる影と交戦している。瞬時に繰り出される光と闇の魔法がぶつかり合い、空間が軋む。
一方、ニヴェラとクロもまた複数の影に翻弄されていた。ニヴェラは風の刃を放ちながら、すばやく距離を取ろうとするも、影の一体が彼女の背後を取る。
「くっ……!」
ニヴェラが風の壁を展開するが、闇の魔力に浸食され、次々と崩されていく。
そして——
エマの前に一体の少女が瞬間移動するように現れた。そして、闇の魔法が発動するよりも早く——
「——ルミナ・シールド!」
エマの前に黄金の防御壁が広がる。少女の魔法が防壁に弾かれ、空中で爆ぜる。しかし、攻撃は止まらない。
「……逃がさない」
いつの間にか、もう一体の影がエマの背後に現れていた。
(しまった!)
エマが気づいたときにはすでに遅かった。
「——テンブラ・レクイエム」
闇を裂く囁きとともに、黒い奔流が背後から襲いかかる。ぞわりと肌を刺す魔力の波動——次の瞬間、闇の衝撃がエマの背中を貫いた。
「——っ!」
強烈な力に全身が弾かれ、彼女の視界が激しく揺れる。重力が消えたように体が宙を舞い、無防備なまま、開かれた門へと吸い込まれていく。
「エマ!!」
ルイとニヴェラの叫びが響くが、その声は、もう届かない。
漆黒の闇がエマの視界を覆い尽くす。そこは、底なしの深淵。触れると、どこかの時代へと飛ばされてしまう時の狭間だった——。