164. 困りごと
「今日は何の魔法具を買ったの?」
後日、ルイとエマはデア・ラキーナの街を散策していた。
「アクア・テルマリスだ」
ルイは購入したばかりの小さな魔法瓶を手に持ちながら説明する。
「ここにデア・ラキーナの温泉を魔法で封じ込めてある。水に数滴垂らせば、どこでも一度だけ温泉を再現できる」
「ルイ……やっぱり温泉入りたかったんだね」
エマは思わずくすっと笑った。
「まあ、ニヴェラも喜ぶだろうしな」
「優しいね」
ルイは肩をすくめるだけだった。
二人はそのまま食事処へ向かおうとした。
しかし――。
「すみません、あの……男の方ですよね!?」
突然、デア・ラキーナの女性たちがルイに駆け寄ってきた。
「……ああ。そうだが?」
ルイは少し警戒しながらも答える。しかし、女性たちは興奮したように身を乗り出してきた。
「ちょっと、体を触ってもいいですか!?」
「えっ!?」
エマは思わず目を見開いた。
「すみません。急いでるんで」
ルイは素っ気なく言い、その場を立ち去ろうとする。だが、それを見ていた周囲の女性たちも次々と集まりはじめた。
「私も歩きながら話したい!」
「ずるい! 私も!」
「男の人に会うの初めて!」
押し寄せる女性たちに、さすがのルイも戸惑いを見せた。
「……困ったな」
そう小さく呟くと、ルイは無言で杖を取り出し、軽く一振りする。
次の瞬間――ルイとエマの姿は、一瞬で王宮の客室へと消えていた。
「もう出かけない」
ソファに腰を下ろしながら、ルイは淡々と告げた。
エマは無言でルイの向かいの椅子に座ると、頬杖をついてふと窓の外に視線を向けた。
――ルイはいつも素っ気ない態度だけど、それでも女性たちがあんなに夢中になるのは仕方ないのかもしれない。
そう思うと、なんとなく気分が晴れなかった。