163. 絶対に守る
翌日、エマとニヴェラは、デア・ラキーナで評判の温泉へ向かった。
温泉街の奥、岩肌に囲まれた広々とした露天風呂。湯けむりが立ちのぼり、湯の表面には色とりどりの花びらが浮かび、ほのかな香りが漂っている。
「うわぁ……すごく気持ちいいね!」
エマは肩まで湯に浸かり、目を閉じて深く息をついた。体の芯まで温かさが染み込んでいくようだ。
「いい湯だな」
ニヴェラもゆったりと湯に身を沈め、腕を広げてくつろぐ。戦い慣れした彼女の筋肉の緊張も、湯の温もりで少しずつほぐれていく。
「ここの温泉ってすごく人気なんだね」
「ああ。魔力を整える効果があるらしい。それに、このあたりは土地の魔力が濃い」
「魔力が濃い……? だから、なんだか落ち着くのかな」
「そうかもな」
エマは湯の中でそっと手をかざし、小さく魔力を練る。すると、波紋のように淡い光が広がった。
「ルイも温泉に入りたかっただろうなあ……男湯があれば良かったのに」
「男湯? そんなもの無くても一緒に入ればいいのにな」
「だからダメだって!」
「……まあ、アイツは風呂に浸かってのんびりするタイプじゃないだろうがな」
ニヴェラはくつくつと笑い、湯の中で腕を組む。
「それにしても、エマはルイのことばかり気にするんだな」
「えっ?」
「いや、別に深い意味はないが……ま、いいさ」
エマは何か言い返そうとしたが、ニヴェラのからかうような視線に慌てて湯の中に顔を沈めた。
二人は温泉を上がり、湯上がりの心地よい風を浴びながら外へ出る。すると、入り口の柱にもたれかかるようにして、ルイが立っていた。
「ルイ? どうしたの?」
「やっぱり温泉に入りたくなったのか?」
「違う」
ルイはきっぱり否定し、ニヴェラに視線を向ける。
「少し話がある。歩きながらでいいか?」
「わかった」
三人はニヴェラの宿へ向かって歩き始める。
「それで、話ってなんだ?」
「探し物についてだ」
「魔法具のことか?」
「ああ」
「お前とエマで無事に見つけたんだろ?」
「そうだ」
周囲の目を気にし、ルイは魔法具の名前には触れずに話を続ける。
「その魔法具を、お前に預かってもらいたい」
ルイの言葉に、ニヴェラの足が止まる。
「……本気か?」
「ああ」
エマも驚いたが、すぐに微笑む。
(ルイ、なんだかんだニヴェラのこと、すごく信頼してるんだな)
「お前の魔力なら、いざというときに上手く扱える。俺が持っていてもいいが、この先何が起こるかわからない。お前にとっても、お守り代わりになるだろう」
「だったら、エマが持てばいいんじゃないか?」
「エマの魔力じゃ扱えない」
「……そうか」
ニヴェラは手を組み、しばらく黙考した後、ふっと息を吐いた。
「ルイ、お前が私を信頼してるのはわかった」
「当然だ」
「……悪くない気分だな」
ニヴェラはニヤリと笑いながら、ルイの言葉を噛みしめるように言った。
信頼されることに特別な感情を抱くことはなかったが、それでも、彼が自分に古代魔法具を託すことには意味がある。
(風の古代魔法具に加えて、雷の古代魔法具があれば、必ずエマを守れる……)
温泉で無邪気に笑っていたエマの姿が脳裏に浮かぶ。
エマが無意識に周囲を明るくするのは、彼女自身の持つ魅力だ。
「わかった、預かる。そして――絶対に守る」
ニヴェラは力強くそう宣言し、ルイを真っ直ぐに見た。
「なら、これを」
ルイはポケットに手を入れ、ネックレスを取り出した。
「……これが、雷の古代魔法具か」
ニヴェラは慎重に手を伸ばし、ネックレスを受け取る。指先に触れた瞬間、微かな電流が走るような感覚があった。
「頼んだぞ」
「任せろ」
そう言うと、ニヴェラはネックレスを胸元に押し当てた。
その瞬間、雷の古代魔法具がまばゆい光を放ち、その輝きが彼女の体へと吸い込まれていく。
光が収まったとき、ネックレスの姿は消えていた。まるで最初から存在しなかったかのように。