159. 大丈夫
ルイはエマを抱きかかえ、静かに洞窟の奥を振り返った。
闇に覆われていた空間は、鏡が砕けたことで少しずつ光を取り戻している。
手に持つ雷の古代魔法具『ストーム・ソルヴィール』は、まるで生きているかのようにわずかに震え、雷光がその表面を走った。
「あともう少し……」
ルイは低く呟いた後、エマの寝顔を見下ろす。
穏やかな表情。
いつものエマのままだ。
「エマが闇に堕ちるはずがないのにな」
そう言いながら、ルイは小さく息をついた。
あの湖の力は最も恐れるものを映し出すという。
つまり、あのエマの姿は、ルイが心の奥で恐れている可能性の一つだったのだろう。
だが、エマは違う。
彼女はどんな困難があっても、決して闇に飲まれることはない。
――そう思いたかった。
ルイは視線を落とし、腕の中で眠るエマのぬくもりを感じる。
「……エマ、お前は大丈夫だよな?」
囁くように問いかけるが、エマは答えない。
ルイは一度だけレクス・ソルヴィールを握りしめると、静かに洞窟をあとにした。
湖の外――。
ルイとエマが湖に入ってから、どれほどの時間が経っただろうか。
湖のほとりでは、レオノーラ女王とヴァレリア、そして数名の女戦士たちが待機していた。
レオノーラは湖面をじっと見つめている。
「……帰ってこなかったら、どうするつもりですか?」
ヴァレリアが低い声で尋ねる。
「ふっ……もし戻ってこなかったら、どうもしないさ。私が決めたことだ」
レオノーラは微かに笑ったが、目は冗談を言っているようには見えなかった。
「だが、あの男は戻ってくる……そうだろう?」
その言葉を証明するかのように――。
ゴボッ……!
湖面が揺れ、白い光がほとばしった。
次の瞬間、水柱が舞い上がると、ルイの姿が湖から浮かび上がった。
彼の腕の中には、眠ったままのエマが抱えられている。
「無事か!?」
レオノーラが思わず駆け寄る。
ルイは静かに湖の岸辺へ降り立つと、ゆっくりとエマを横たえた。
「心配ない。ただ、少し疲れただけだ」
そう言って、ルイは手にしていた雷の古代魔法具『ストーム・ソルヴィール』を軽く掲げた。
「……手に入れたのか」
レオノーラの目が驚きに揺れる。
ルイは無言で頷いた。
その瞬間、湖の水面が静かに輝きを増し、まるで全てを見届けたかのように静かに穏やかになっていった。