155. 湖の防御魔法
ルイとエマが案内された王宮の客室は、豪奢で広々としていた。
天井には美しいシャンデリアが輝き、壁には繊細な刺繍が施されたカーテンがかかっている。
柔らかな絨毯が足元に広がり、部屋の奥にはふかふかのベッドが二つ並んでいた。
しかし、エマの視線は扉の前に立つ人物へと向かう。
そこには、女戦士ヴァレリアが無言で立っていた。
「警備の一環」とは言われたが、どう考えても監視だろう。
彼女の鋭い目つきと、隙のない佇まいがそれを物語っていた。
エマは少し迷ったが、意を決して口を開く。
「すみません」
ヴァレリアが軽く顎を動かして、言葉の続きを促した。
「この国の入り口付近にある競技場で、ニヴェラっていう女性が、デア・ラキーナの女戦士たちと戦っていたと思うんですが……彼女もここに呼んでいただけますか?」
ヴァレリアはしばし沈黙し、エマをじっと見つめる。
何かを計るような視線だったが、やがて小さく頷く。
「……いいだろう」
そう言うと、彼女は近くにいた別の女戦士を呼び、短く指示を伝えた。
「競技場で戦っていたニヴェラという者をこちらへ連れてこい」
「かしこまりました」
女戦士は敬礼すると、すぐにその場を離れた。
エマは小さく安堵の息をつく。
「ありがとうございます」
ヴァレリアは何も答えず、ただじっとエマを見つめていた。
エマは気まずさを感じつつも、客室の中へ戻ることにした。
エマが客室の中へ戻ると、ルイはソファに腰掛け、膝の上でクロを撫でながら静かにくつろいでいた。
柔らかな毛並みに指を滑らせるたび、クロは心地よさそうに喉を鳴らしている。
エマは扉を閉めながら、ルイに声をかけた。
「ニヴェラも連れてきてくれるって」
ルイはクロを撫でる手を止めることなく、淡々と答える。
「……あいつなら来ないだろう」
「え? どうして?」
エマが首をかしげると、ルイは薄く微笑んだ。
「ニヴェラなら、女戦士十人に勝ったあと、国内を案内してもらって、今ごろは街の宿で寝てるさ」
「え、そうなの?」
「ああ。俺とエマは、ニヴェラが戦いを終えた後に『二人で散策する』と言って離れたことになってる」
「……え? どういうこと?」
「幻影魔法 でそう見せてある」
「えっ!? 幻影魔法でそんなことまでできるの……!?」
エマは目を見開く。
「普通は無理だ」
ルイはさらりと答えた。
「さすがだね……」
「ニヴェラは、なんだかんだこの国の見学を楽しんでいるようだ。一旦別行動でも問題はない」
「そっか……」
エマは納得しつつも、ニヴェラの行動力に改めて感心する。
ルイは再びクロを撫でながら、静かに呟いた。
「……ま、どうせまたすぐ騒がしく戻ってくるさ」
エマは小さく笑いながら、窓の外に広がるデア・ラキーナの夜景を眺めた――。
しばらくして、エマはふと疑問を口にした。
「それで、湖の防御魔法はどうするの?」
ルイはクロの柔らかな毛並みに指を滑らせながら、静かに答える。
「あの防御魔法は、女王レオノーラがかけたもので間違いない」
「じゃあ、もしかしたら……」
エマが言いかけると、ルイは軽く頷いた。
「ああ。本当は今すぐにでも防御魔法を解いてもらいたいところだが……今晩は妹のフィオナの側を離れそうにない。明日にでも頼んでみよう」
「うん!」
エマは力強く頷くと、どこかホッとした表情で微笑んだ。
月明かりが客室をやわらかく照らし、静かな夜が更けていく――。